CLAVIS SIDE 3

 それから一週間たった……。
 結論から言うと私はランディと共に駅前のハンバーガー屋にいた。
 黄色と青の細い縦縞のシャツを着て。

 ハンバーガー屋で働きたかった、と明るく笑ったランディだったが、やはり普通の倍も働けるものではなく随分疲れている様子だったので、私は少しだけ良心に呵責を覚えた。
 自分から言い出した手前、わざと陽気に振る舞い出掛けて行くランディだったが、疲れているのはことぶき荘の階段を降りる音でわかった。
 初日は音がしなかったのだ。それは階段の上からランディが、後方抱え込み宙返り1/2ひねりで飛び降りたからだ。今はコツコツと地道に階段を降りる音がしている。

 私は自分の食いぶちぐらいは稼ごうと本当に辻占いをする気で街に出た。
 だが、しかし、いきなり警察に捕まってしまったのだ。妙な男も現れて何が何やらわからぬうちに、路上での営業は許されないと咎められた。下界にも口うるさい輩はいるものだ。
 その事を知ったランディはボソッと、店に欠員があるから私さえその気があれば働かないかと言ったので承知した。

 ともあれ、ランディは残業をしなくてもよくなったので元気を取り戻したようだった。以前にもまして大きな声で接客していた。
 朝一番だというのに「ツーチーズプリーズッ」とランディは通りの向こうまで聞こえそうなほど大声で言う。ハツラツとはこの事を言うのだろうなと思いつつ、私は客の注文を繰り返した。

「ナゲットの小さいヤツと、テリヤキバーガー2つだ、そうだ……」
「なんだって? 聞こえないぞーっ」
と奧の台所……ではなくてグリルとか言うらしい……から文句がきた。
「代弁します。ワンSナゲット、ツーテリプリーズ」
と私の横で叫んだのはランディ。そして私を見て、ちょっとニコッと笑った。

 そしてまた三日が過ぎた……。
 店の奧、物置になっているところでランディが店長の男に何やら咎められているのを見かけた。
「すみません……」
 ランディはしょんぼりと謝っている。
「だからさぁ、アンタに謝ってもらっても仕方ないんだよ。まぁ、あの男の分までアンタが働いてくれてるからいいんだけどさ。なんとか商品名くらい覚えてくれないと。愛想は異常に悪いしさぁ。フライヤーさせりゃ妙にこだわって使いモンにならないし。キツネ色に揚げろって言ったら、アイツ、むごい事をするって……思いっきり不快そうな顔してさ〜。人の話を聞いてやしないんだよ〜、だれがキツネを揚げろって言ってんだよ〜。それからナゲットのソース、あれだって、いつも適当に渡してるみたいなんだよ、マスタードとバーベキューの違いもわかつてないんじゃないのかな。ウチの店って女子校の客をターゲットにしてて、カウンターの男めあての客って多いんだよ。あの男だって結構人気あるみたいだし、なんとか愛想よくして欲しいんだけど」

「クラヴィスさ……、いや、あのク、クラヴィスって人気あるんですか?」
「うん、アンタは若い子に人気あるみたいだけど、アイツは主婦が好みみたいだな。一個向こうのバス停に団地があってさ、最近そこの主婦の客が増えてるんだよ。昼間の女の人の客、増えただろ?」

「あ、そういえば俺だけの時は平日のピークは学校の終わる頃だったけど、近頃子連れの人とか多いです」
「だろ? だからさぁ、せめて、いらっしゃいませくらい言って欲しいワケよ。こんな事ホントは直接、あの男に言うべきなんだけど、なんかねー、言いにくいよ、アイツえらそうで」
「すみません、悪い人じゃないんです。あんまり、そのう……働いた事がなくて。俺、彼の分も頑張りますし」
「アンタはヤリ過ぎってほど働いてくれて感謝してるよ。でもさ、なんでそんなにアイツの事、庇うワケ? おタクら、もしかしてデキてる?」
「ち、ち違いますよっ。俺たちはっ」
「別にいいよ、男同士の夫婦だって最近じゃ珍しくないんだし。でもアンタも苦労するねぇ、あんな女房持って」
「にょ、女房〜っ???!!!」
「違うの? アンタの方が苦労してるみたいだし、アイツ見るからにぐうたら女房って感じだから、つい……」
「違いますってば〜っ」

 まだ必死になってランディは弁解していたが私はこっそりその場から離れた。
 こう見えても私にだって感情というものがある。
 私は、迷惑をこの店とランディにかけているということだ。直ぐにでもその場を立ち去りたかったが、そうすればまたランディが咎められるのだろう。私の働き先が無くなって、そうすればまたランディが残業して疲れて……いろいろ考えるうちに面倒になってきた私は仕方なくPOS(ポス)とかいう金の計算もしてくれる金庫みたいな機械の前に立った。

 こんな時に限って幼児を連れた女が私の前に立った。子連れ主婦は嫌いだ。やたらとクーポン券を使い、法の目を掻い潜るように品物を選んで、組み合わせるのだ。

「えっと……チーズバーガーとナゲットと……ハッピールンルンセット」
(ナゲットのソースの違いくらいは知っているぞ。赤いのが甘いヤツで黄色が辛いのだ。この客の場合は、子どもも食するのだろう、だから甘い方に決まっているのに何故わさわざ聞かねばならんのだ……)

 と思いながらも私は、さっきの店長の言葉を思い出して言った。

「ソースは甘いのでいいの……だろうか?」
「ええ」
(そら見ろ!あの店長め)

「あのう……ハッピールンルンセットのおもちゃは?……」
 とその女は私に言った。 (ハッピールンルンセットのおもちゃだと?確かこれだな?)
 私は足元のダンボール箱からミニカーを取り出し、トレイの上に置いた。

「こっちじゃなくてパーピーちゃんの方を……」
 女はちょっとムッとしたようにミニカーを私に返した。
「む?」
「しぃちゃんは女の子だもんね〜」
 と女は子どもに声かけた。
(この短い髪のゲジゲジ眉毛が女の子か。それに何故、戦闘ロボットの絵の描いたシャツを着せているのだ)

 その時、その幼子が私に向かって叫んだ。
「あたち、ブッブーのがいい〜ブッブーほち〜」
「あらっ、またぁ〜。しぃちゃんは女の子だからお人形にしましょうよ、ね?」
(なんという母親だ。女だから人形と決めてかかるとは。このような事では真にリベラルな社会は築けぬではないのか?……ああっ、私はなんだかジュリアスのようになってきた……)

「いやら〜ブッブーほしい!ふぇぇぇ〜ん」
(泣き出してしまったではないか!ええい、うるさい。だまれ)
 たまらず私は幼子の手にミニカーを渡してやった。受け取るがいい。ついでにちょっぴり安らぎのサクリアもサービスしてやろう、フフ。
「わーい、あいがとう」
 幼子は泣いていた顔をコロッと変えて私に向かってニッコリと微笑んだ。
(しぃちゃんとか言ったな……よく見るとなかなか可愛らしい幼子ではないか)
↑クリッククリック!
 私はどうだ!というように母親を見てやった。女は不満そうに財布を開けて代金を支払おうとした。

「全部で128主星ドル……釣りは……72……」

 あまり裕福そうな主婦には見えないので、釣りは80主星ドルにしといてやろうか……と思ったが、これもいけない事らしい。まったく72主星ドルなら70でも80でもそう大差ないというのに、1ドルたりとも多すぎても少なすぎてもいけないとは神経質なことだ。  間違いなく釣を渡したというのに女は金を受け取るとまだレジの前に突っ立っていた。

(ああ、チーズバーガーがまだなのだ……ちょっと待て、今作っているからな、出来たら呼ぶから取りに来い……と言ってはいけない、昨日そう言った時、ランディが血相を変えて飛んできて、確かこう言い直したはず……)

「ただ今、作って……おりま…すので、少々お待ち…下さい。出来…上がり、ましたらお持ち…致し、ます、ので。お、二、階で、ごゆっくり……どうぞ」
(舌を噛みそうだ……)

 それからこの番号札を渡す……のだったか。私がそう言い、番号札を渡すと女と幼子は二階へと消えていった。
 ところが幼子は階段の途中で振り向いて、私に向かってバイバイをした。礼儀正しいところも気にいったぞ。そのまま真っ直ぐに育つがいい、しぃちゃんよ。

「ク、クラヴィスさま……」
 と掠れた声が私の背後でした。振り向くとランディが泣いていた。

「どうした?」
「俺、俺……俺は感動しています〜」
 ランディの後で例の店長とグリルのコックまでもが出てきて一斉に拍手するではないか……。
「やれば出来るじゃないか」
 と店長は私に向かって生意気にもそう言うと、今度はランディの背中をポンと叩いて言った。
「良かったな、ランディ。お前の頑張りが、女房に通じてさ」
「ええ、良かったで……ち、違うんですぅぅ〜」
 私は側にあった紙ナプキンを抜き取りランディに渡した。

「これで拭け。鼻水を垂らすな、ポテトに入るぞ」
「は、はい、すみません、でも嬉しくて……」
「私は別に何も……」
「俺はクラヴィス様がそんな風に前向きになって下さったっていう事実が嬉しいんです。 今まで誰かに歩み寄ろうとかそんな風にされた事がないし、少なくとも俺なんかには……」
「別にお前に歩み寄った訳ではない。私はお前の為にそうしたわけではなく自分のために……ハッ」
「それが嬉しいんです。誰かの為にでなく自分の為にクラヴィス様が前向きになって下さった事に俺は感動してる……ありがとうクラヴィス様」

( う、うう、お前は、なんでそう真っ直ぐに物事を見られるのだ……)
 私はそれ以上何も言えずにクルリとランディに背を向けた。

 POSに不審な顔をして待っていた客が「ポテトとハンバーガー」と言った。
「それだったら、このバリューセットにするといい、たった2主星ドルを追加するだけで飲み物がつくが……とってもお得だそうだぞ」
 と私は言ってやった。背後でランディの鼻をすする音が二倍増しになった気がした……。

★NEXT CLAVIS SIDE

 



一方その頃ランディは……★ZAPPING RANDY SIDE