CLAVIS SIDE 2
翌日、私は無理矢理、ジュリアスが、王立研究院の担当者に用意させたという私服に着替えさせられ、身の回りのものが入った小さな鞄を持たされて、主星の田舎町にランディと一緒に放り出された。
ジュリアスが用意させたという私服はサーモンピンクのセーターとジーンズで、アヤツは「そなたくらいの歳の一般人のごく普通の服装である。一応、今年の流行の色を選んでやったぞ、有り難く思え!」と自信満々に言った。
「あんまりですよね……いきなり鞄ひとつで放り出されるなんて……。俺は前から『デッチボウコウ』だと知らされていたので準備ができたけれど、昨日の今日だなんて……。住むところとか仕事の当てはあるんですか?」
ランディは、気の毒そうな顔をして私に言った。
「住むところも仕事も……何の当ても無い……だが……どうにかなるだろう」
(フン、私は流浪の民だったのだからな、屋根の無いところで寝るくらい造作もない)
「どうにかって……この『デッチボウコウ』の掟を知ってるでしょう、どうにかなんて そんな生やさしい事じゃいつまでたっても聖地に戻れないですよ……ハッ!クラヴィス様っ、まさか、このままここに留まろうというお考えではっ」
ランディは真顔になって私に詰め寄った。
『デッチボウコウ』の掟……。
ひとつ、十八歳未満で守護聖になったものは見聞を広める為に最低一個月間下界で職につかねばならぬ。
ひとつ、それに係る費用は自分で捻出せねばならぬ。
どのような職を持ち、どこに住まい、いかように暮らすも自由なれど、収支が黒字にならぬうちは聖地に戻る事一切かなわぬ。
私は聖地を出される前にクドクドとジュリアスが述べた掟を思い出した。
「フッ……それも一興……聖地に未練などはない……これ幸いと下界で暮らすもよし」
私は軽い気持ちでそう言ったのだが、ランディは真っ赤な顔をして怒りだした。
「いけません!俺、守護聖ってそんな簡単に放棄できる事じゃないと思ってます。そうでなきゃ、父さんや母さんたちと別れて、俺にはアキコっていう恋人もいたけど、もう一生逢えないと判っていて別れてまで聖地に来た意味がないじゃないですかっ。あ、アキコってウチで飼ってた犬なんですけど、俺の十歳のバースディプレゼントに貰った……」
「それはお前の事であろう……、私とは関係ない……自分の考えを人に押しつけるな」
(私だって聖地に召される前に、エリコというラクダを飼っていたぞ)
「そうですけどっ、だけどっ、クラヴィス様はこの宇宙にとって大切な人なんですよ、かけがえのない闇の守護聖じゃないですかっ、天から授かったサクリアが尽きるまで守護聖としての職をまっとうしなくちゃいけないと思うんです。個人的なレベルであれこれ言えないと思うんです。俺たち……一個人である前に守護聖……なんですから」
ジュリアスが聞いたら泣いて喜びそうなセリフを言うだけ言うと、ランディは私の手首をググッと握りしめた。
「な、何をする?」
「この先に、俺が準備したアパートがあります。狭くて汚いけど。とりあえずそこで一緒に一ヶ月間暮らしましょうっ。仕事は……もしお嫌でなかったら辻占いをすればいいでしょう。アパート代と食費は俺が持ちますから。そしたらたとえ一ヶ月間に一人しかお客さんが来なくても経費はかからないから堂々と黒字収支で聖地に戻れますよ!」
ランディは私の手首を掴んだまま大股で歩く。
「家賃はともかく……私の食費まで負担するというのか?お前がそんなに稼げるのか?」
「俺、駅前のハンバーガーショップで働くことになってるんです。早番と遅番があるから、通しで働かせて貰います」
「…………」
私は無言でランディに引かれるままに従った。とりあえず行く当ても無い、ランディがそうしたいと言うのなら気の済むようにすればいい。たいていの事はどうだっていいのだ……本人さえよけば、それで。
【ことぶき荘201号室】というのがランディの用意したアパートとかいう館だった。
外見は汚いが、二階建てで総室八部屋あり、広さはまずまずといったところだったが、よくよく聞けば、その中のたった一室のみにしか住まう事が許されないという。
二階の端の部屋に入るとそこは端から端まで五歩づつくらいしかない小部屋だった。信じがたい狭さだったが、それでもランディの一ヶ月の稼ぎの三分の一もする家賃だという。
だか、そんなことぶき荘でも、ひとつ気に入った事があった。
廊下の突き当たりに皆で使う手洗いがあるのだが、美しい飾り玉が置いてあったのだ。
それはキラキラと黄色く輝いており、この世のものとも思えぬよい香りがした。
手で触ると少しザラリとし、溶けだしてしまいそうな脆さに刹那的な美しさを感じた。
(これはリュミエールへの良い土産を見つけたな)
と思い、二、三個ほどを戴くことにした。
「クラヴィス様、俺、さっそく仕事があるんです。夜まで帰ってきませんけど大丈夫ですか?」
「何が大丈夫なのだ?」
「食べるものの用意とか……俺、前もって一通りの道具や簡単な材料は用意しといたんですけど…ご自分で……む、無理かぁ……」
ランディは頭を掻きながら俯いた。
「ランディ……私は幼子ではない、そこまで案じるな」
私はムッとしてランディにそう言うと薄汚い藁のカーペット(畳みというのだそうだ)に座り込んだ。
「そ、そうですよね、すみませんでした。じゃ、俺、行ってきますっ」
ランディの顔はすぐにパッと明るくなり、外に駆け出して行った。
が……どうしていいかは皆目わからなかったし、ヤル気もなかった。珈琲でも飲もうと思ってとりあえず湯をわかしたが、それから先がわからなかった。
確か粉だとかミルクだとかそういうものが必要なはずだと思ったが、面倒なので仕方なくその湯だけ飲むことにしたら、入れ物がなかった。
湯飲みではないか……と思われるものがあったが『らんでぃ』と書いてあったので勝手に使うと悪いと思い、湯が醒めた後、直接、口に流し込んだ。大層飲みにくいものだった。
その後はもうする事がなくなり、部屋の中を改めて見回すと、何日か前から用意しておいたらしいランディの身の回りのものがキッチリと整頓されていた。
(何もかも私とは違うヤツだな……)と私は思った。
私も仕方なく鞄から身の回りのモノを取り出し、タンスというらしい粗末な木の箱に納める事にした。が……、鞄の中から出てきたのは、闇の守護聖の衣装一式と歯ブラシ一本だけだった。
セーターはともかく、このジーンズとかいうズボンはどうにも苦しかった。ランディは「それは新品だからですよ〜しばらくすれば馴染んで柔らかくなりますからね」と言った。
だが私は我慢出来ずに、守護聖の衣装に着替える事にした。やはりこちらはスースーして心地よい。
その日の夜遅く、ランディは青い顔をして帰って来た。
「いきなり通しで働いたのは無謀だったかなぁ。体力はあるつもりだったんですけど。あはは」
ランディは力無く笑う。
「慣れぬ事をしたからであろう」
「そうですね。でも俺、今、すっごい充実感あるんです。俺、ずっとハンバーガーショップでバイトしたかったんです……まだ聖地に上がってない頃、学校の近くにハンバーガーショップが出来て、クラブの帰りに食べて帰るっていうのが流行ったんですけど、ある日俺がそうしてるとこを見られてしまって……」
「誰に見られたのだ?」
「お祖母様に。そしたらそんな店に出入りするなんて、庶民の血は卑しい、と叱られたんです。俺は別にいいんですけど、母さんが……。だから俺、それ以来、ハンバーガーショップとは縁を切ってたんです」
ランディの生い立ちについては、ジュリアスから報告書が上がっていたので一応は知っている。新しく守護聖になるものについての経歴はジュリアスと私、ルヴァには知らされることになっていたのだ。
(庶民の血が卑しいのならば、私などはどうなるのだ、クソババァめ)
「だから俺、『デッチボウコウ』の話を言われた時、すぐにハンバーガーショップにしようって決めたんですよ」
ランディはようやくいつものようにハッキリクッキリ笑った。その笑顔に私は、何故かホッとした。
一方その頃ランディは……★ZAPPING RANDY SIDE