海岸から城塞まで一本の堤道が伸びている。潮が退いているので、その道の回りは砂浜が沖にまで広がり、波打ち際は城塞の遙か彼方であった。いかに引き潮と言えど堤道は湿っている。ジュリアスとクラヴィスは守護聖の衣装の裾が汚れるのも気にせず、堂々とそこを歩いた。オスカーとリュミエールはそんな二人のすぐ側につきたいのだが、風が二人の髪を後ろに長くなびかせるので、仕方なく少し距離を置いて歩く事になる。マルセルとゼフェル、ランディは一塊りになって歩いている。人工の工業惑星で育ったゼフェルは海が珍しいのかいつになく無口だった。オリヴィエは最後尾で寒さから肌を守るように腕組みをしている。時折、しゃがみ込んでは、足下に落ちている美しい色の貝殻を拾っていた。やがて堤道は城塞の入口に辿り着く。長年にわたる波の浸食で半壊した城門をくぐり抜け、重厚な石製の扉の前にジュリアスたちが立つと、扉がゆっくりと開いた。黒いスーツを着た男たちが数十人、規律正しく立ち並び「お待ち申し上げておりました」と深々と頭を下げた。ジュリアスはそれに軽く頷くとあえて何も言わずに、黒服たちの次の動作を待った。クラヴィスは半歩、ジュリアスの後に立っている。黒服たちの列の背後からヒジカタが、隙のない動作でジュリアスの前に歩み出ると握手の為に手を差し出した。が、ジュリアスはその手を取らない。ヒジカタは今度はクラヴィスの方をチラリと見たがクラヴィスもまた素知らぬ顔をしている。
「目下のものから差し出された手は取れないというわけですかな、これは噂に違わず誇り高いお方だ。申し遅れました、私はヒジカタ、トムサ様直属のものです。この度は招待をお受けいただき……」
「挨拶はもうよい。地の守護聖が先に世話になっているとの事だが、出してもらおうか」
ジュリアスはあからさまに嫌悪感を込めてヒジカタの言葉を遮り、言った。
「誇り高い上に、モノをハッキリと言うお方ですな。そう喧嘩ごしに仰られては立つ瀬がありません。でもまぁ、せっかくサクリア仮面ではなく守護聖の衣装でいらしたんですから宴の用意などさせましょう、さ、奧の部屋にどうぞ」
嫌みたっぷりにそう言うとヒジカタはジュリアスの反応を探るように顔をあげた。が、ジュリアスはまったく動じる様子はない。後ろに控えていたマルセルたちが少し動揺の声をあげたが、それを気にもとめずにジュリアスはヒジカタを見据えたまま言った。
「知っているのならば、手間が省けたというものだ。尚更、宴など結構。用件のみを簡潔に述べよ」
こういう時のジュリアスの威力は有無を言わせないものがある。毅然とした態度にヒジカタは従わざるを得ない。
「わかりました……トムサ様の所へ案内いたしましょう。ルヴァ様もそこに一緒においでです」
ヒジカタはそう言うと、今度は黒いスーツの部下たちに向き直った。
「お前たちは連絡があるまで待機しろ。兼ねてから計画通り、動くように」
と一番側にいた部下の一人に耳打ちした。
「守護聖様方、ここは古い要塞だったものをとりあえず改装したもので、設備が整っておりません。ボスのいる最上階まで申し訳ないが、階段を上がって頂くしかないですな。どうぞ私の後に」
ヒジカタはジュリアスたちを誘った。敷き詰められていた絨毯は玄関先だけで、途中からはむき出しの岩場のような廊下を歩き、上の階へと続く粗末なコンクリートの階段を上がる。
「踵がイカれちゃったよ〜」
オリヴィエはハイヒールの踵を傷つけてしまいムクれている。リュミエールも長い衣装の裾のせいで階段を上がり辛そうにしている。
「ヒジカタとか言ったな。トムサとやらは一体、俺たちをどうしようって言うんだ?」
ジュリアスに続いてヒジカタのすぐ背後について階段を上がっていたオスカーは尋ねた。
「個人的にはジムサ様の復讐……というところですかな。それと、貴方方は、コンチネンタルラリパッパの栽培に気づかれたようだ。この栽培には大きな元手がかかっておりますからな、そう簡単にサクリア仮面にやられるわけにはいかんのですよ」
ヒジカタは振り向きもせず答えた。
「回りくどい事をする……」
ジュリアスは不快そうに呟いた。
「最初に地の守護聖を偵察によこしたのはそちらでしょう。今のこの村の人間は全て我々の息のかかったものばかり。余所者が入り込めばすぐに判りますからな。ましてやそれが守護聖様当人だとは。知らせを受けた時にはまさかと思いましたがね……お喋りが過ぎるとトムサ様に叱られますからな。これくらいにしておきましょう」
ヒジカタは少し息を切らせながらそう行った。
「ルヴァは無事なんだろうな」
ジュリアスは執拗に問いかけた。
「ご無事ですよ、でもまぁ、風前の灯火といったところですかな」
「何っ?」
「腕に特別製の時計をしていただいてます。外れない時計がね」
それを聞くとゼフェルは後から駆け上がってきて、ヒジカタを足止めた。
「待てよ! その時計に時限爆弾とかが仕掛けてあるのかっ」
「その通りですよ、解除のパスワードはトムサ様しかご存じありませんし、無理に外そうとすればその場ですぐに……さぁ、手を放して下さい。上の階に急ぎましょう」
ヒジカタはゼフェルに捕まれていた腕を振りほどいた。
「ちきしょー」
「案ずるな、ゼフェル。こんな不正義がまかり通ろうはずかない。そんな事はこの私が決して許さぬ」
ジュリアスはゼフェルにそう言うとヒジカタに先を急ぐよう促した。
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