そこだけ花が咲いたように女たちが集まっている。オスカーとリュミエールを取り囲む、店の女たちである。
「こちらどんなお仕事なさってるの? 素敵ねぇ」
「リュミエールはええっと、音楽関係の仕事だ」とオスカーは場慣れしていないリュミエールに代わって答える。
「んまっ、ギョーカイの人なのねぇ、どうりで芸術家肌ぁ、ねぇ、もっとお飲みになって」と女はグラスに酒を注ぐ。
「あ、もうわたくしは……」と退こうとするリュミエールの手を女はソッと押さえて、
「綺麗な指……その手で何人の女を泣かせたの?」と囁く。
「そんな事、わたくしは……」とリュミエールが赤くなって俯くと、一斉に女たちはうっとりとした。世慣れた場末の女たちのツボにはまったらしい。
「なんだい、リュミエール、モテモテだな、おい俺の相手はどうした」とオスカー傍らの女を抱き寄せて言った。
「あら、オスカーはいつでも素敵よ、ねー」
「よーし良い子だ、今日はジャンジャン飲むぞ〜」
「ふふふ、そうですね、たまにはいいかもしれませんねー」
と少し酒が回ってきたのかリュミエールも言った。そしてオスカーとリュミエールがボトルを四、五本開けた頃……。
「てゃんでぇ、ジュリアス様のバカヤロー」
「はははは、オスカー、所詮そんなものですよ、あははは」
「そうだよな、闇×夢なんて組み合わせなんかちゃんちゃらおかしいじゃないか」
「言いましたね言いましたね。なんでも×(かける)んじゃありませんよ〜」
もはや二人はヘベレケであった。
「ねぇーオスカーもういいかげにしたら?」女の一人がテーブルに伏せているオスカーの背をなでながら言う。
「おーし、じゃ、そろそろいいところに行くか? ん?」とその女の手を取りオスカーは言う。
「ダメよ〜そんなに酔ってるんだもの、今日はもう帰ったら?」
「俺がどんなに酔っていても大丈夫だって知ってるだろ?」とオスカーは女の耳元で囁く。
「バカね……うふふ」
女の方も何がどう大丈夫なのか知っているようで思わせぶりに微笑む。その様子を見ていたリュミエールが「オスカー、貴方って人はまったく……私だって」と横に座っていた女を引き寄せた。
「あらぁん、嬉しいわぁ」
「そうですか、わたくしもですよ」
そんな様子をオスカーたちの後ろの席に座ってしまった客が先刻から苦虫を噛みつぶしたような顔をして見ている。
「なんでぇ、あいつら店の女を独り占めしやがって」とオスカーたちの笑い声が上がるだびに振り向いて睨み付ける。
「おぅ、何か用なのか、何か言いたそうだな」とオスカーはその視線に気がついて言う。
「チッ」と男がむき直そうとしたその時、リュミエールが「いけませんね、そんな怖い顔をしては女性たちが嫌がりますよ、ただでさえ怖い顔なのに。あはははは〜」と言ってしまったのである。
「お、おい、リュミエールっ」とオスカーが止めた時には遅かった。
「なんだとぉぉぉ」と後ろの客は立ち上がる。その男の連れ三人も同時に立ち上がり既に空のビール瓶を手にしている。
「まぁまぁ、ここは穏便に……」とオスカーが言おうとするが、リュミエールは酒の勢いで別人のようになってしまっている。
「わたくしは争いは好みませんよ〜ははははは」と言いながら殴りかかってきた相手を軽く交わしながら言う。
「う、速い」とオスカーはリュミエールの無駄のない動きに感心する。余所見をしていたせいで、オスカーの横っ腹に相手のケリが決まる。
「ぐげっ、くそぉ、何をするんだっ」こうなればオスカーももはや自制が効かない。
元よりジュリアスのせいで気分のよろしくないオスカーである。
「俺をとうとう怒らせたな」オスカーは相手の顔面にパンチを打つ。それが相手の鼻がしらに当たり、鼻血が吹き出す。その血に動揺したその男の連れが尻のポケットからナイフを取り出した。
「やる気ですか、刃物まで出されてはもはや攻めないわけにはまいりませんね」
リュミエールの目にはいつもの優しい面影はない。座った目で相手を睨み付けると信じられないような速いでその男の下にもぐり込み、強烈なアッパーカットを食らわす。
その時である。野次馬でごったがえしていた入り口から「やめぬかっ、そなたたちっ」と声がした。誰かが、叫ぶ。「サ、サクリア仮面だっ、サクリア仮面が来てくれたぞ」と。
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