4 「悪いねぇ、あなたたちもいい夢見てね」
黒い服……をジュリアスは生まれてからほとんど着たことがない。もの心ついた時から守護聖の衣装に馴染み、休日に着るものも白を基調にしたものがほとんどであった。が……オリヴィエの用意した新しいサクリア仮面の衣装を付けてみて思いの他映りが良いのに自分でも驚いていた。黒いマントの裏地が金色、黒いタートルネックに黒いパンツ、肩から胸の部分にかけてコード刺繍が金で描かれている。腰の部分に細いベルトが二重に巻いてある。
「ここのベルトだけど、いかにもヒーローって感じの太いベルトはダサイでしょ、細ベルトを二重に巻いてみたの、で、これは取り外せば鞭になるんだよぉ、バックルの飾りはジュリアスのはラピス。クラヴィスのは同じデザインで金糸のとこが銀糸になる、バックルはアメジスト」
オリヴィエは衣装を付けたジュリアスとクラヴィスをマジマジと見つめる。ジュリアスの持つ最大の装飾品、金色の髪が黒い衣装の上で踊っている。そして肩から胸にかけて手の込んだコード刺繍の金糸と解け合って、ジュリアスの上半身は自ずと光り輝く。
その横にクラヴィスが刺繍の色違いのその衣装を着て立っている。銀糸の刺繍は一見、ジュリアスのものに比べて地味な印象ではあるが、クラヴィスの黒い髪と同じ色の衣装のせいでクラヴィスの体が引き締まって見える。黒い色の衣装には馴染みのあるクラヴィスである、まるで元から自分の着ていたもの、というようにしっくりと馴染み違和感がない。
「綺麗ねぇ、渋いわねぇ、一枚の絵のよう〜どう? 気に入った?」
オリヴィエはジュリアスのマントの裾の長さをチェツクしながら言った。
「ああ、なかなかの出来だ」満足気にジュリアスは鏡の中の自分に魅入っている。
「で、そなたの衣装はどうしたのだ?」
「あるよ、着替えるから待ってて」そういうとオリヴィエは隣室に消えた。ジュリアスは鏡の前で後、横と入念にシルエットをチェックする。クラヴィスは腕を組みながら、ただジュリアスを眺めている。「おまたせ〜」の声とともにオリヴィエが現れた。先ほどの二人とまったく同じ形の黒い衣装、コード刺繍とマントの裏地だけが目の覚めるような紫である。よく見ると細かくラメが散らしてあり光の加減によってはキラキラと煌めく。ジュリアスよりも華奢なオリヴィエの美貌に、この派手な色が映える。
「でも、ここを見て」とオリヴィエは腰の鞭にもなるという細い二重巻きのベルトのバックルを指さした。ジュリアスのものにはラピスの、クラヴィスのものにはアメジストの石が飾りにあしらわれている。がオリヴィエのものはまだ何も付いていない。
「ほら、ワタシのテーマカラーはパープルでしょ、だから石も紫のものをって思ったけどクラヴィスがアメジストだからね、で、いい色の石がないんだ」
「では、お前がアメジストを使うとよい、私は別に何でもよい」とクラヴィスは言う。
「ダメ、アメジストはクラヴィスの力を引き出す石だもの、で、まぁ、ワタシにピッタシの石が見つかったんだけど、これ」とオリヴィエは一枚の写真を取り出した。ピンク色をした透明の石の写真である。
「この石は、なんという石なのだ? ダイヤのようにも見えるが」
「そう、ピンクダイヤ、ここまで濃い色のダイヤは珍しいんだ、薔薇の溜息……と世間では言われてるの、これをワタシのバックルの飾りにしたいんだ」
「勝手にすればよかろう……」とクラヴィスは呟く。
「そなた……薔薇の溜息だとっ!」とクラヴィスとは正反対にジュリアスは声をあげた。
「さすがジュリアスは主星出身ね、よくご存じ」
「なんの事だ?」事情の解らぬクラヴィスが問うた。
「薔薇の溜息は持つ人を不幸にするという伝説の宝石なのだ……」
「ふっ……そのような作り話はどこの星にでもあるものだ」
「確かに偶然が重なっただけかも知れぬ……貴重な石に目の眩んだ愚か者の不注意・・そういう見方も出来るが発見されて以来ざっと千年、全ての持ち主が非業の死を遂げているのだ」
「そう、そしてここ百年ほどは主星にあるカイザリアス博物館に保管されてる」
オリヴィエは不敵な微笑みたたえて言う。
「ちょっと待て……それが欲しいとはそなた、一体……」
「モチロン戴くのよ〜、サクリア仮面パープルの初登場に相応しい仕事でしょ〜」
「オリヴィエっ、サクリア仮面は正義の見方だぞ、怪盗ではないのだ、誤解するでない」
「解ってるわよ、だからこそ不幸を呼ぶ薔薇の溜息をワタシが貰ってやろうって言ってんのよ、いい? 主星ではここ百年ばかり凶悪な犯罪が後を立たないし経済の伸びもイマイチ、これは主星の中心地であるカイザリアス博物館に薔薇の溜息があるからだって言われてるのよっ、リッパな人助けぢゃないよっ、それにワタシは守護聖、この石の魔力もワタシのサクリアの前にひれ伏すのさ〜」とオリヴィエは腰に手を当てて豪快に笑う。
「ぐ……」オリヴィエに捲し立てられてジュリアスは言葉が返せない。
「よいではないか、カイザリアス博物館のようなところに入ってみるのもよい経験かも知れぬ」
とクラヴィスが横から口を挟んだ。
「そーそー、いっつも高利貸しや強盗の成敗だけじゃあねぇ〜、たまにはドーンと派手なとこに盗みに入るのもいいわよ〜。星立博物館なんだから誰の腹が痛むワケじゃなしね〜ぇ」
「わかった……だが知らぬぞ、そのような不幸な宝石を手にして、そなたの身に何が起ころうともっ」
ジュリアスはあきれたように言い捨てオリヴィエの私室から出て行った。が、息を切らしてすぐ戻って来た。
「おかえり〜すぐに帰ってくると思ってたよ〜」オリヴィエは腹を抱えてヒイヒイ笑いながら言った。
「バカが……その姿のまま出て行ってどうする」クラヴィスは口の端を少しあげて笑いを噛みしめている。頬を少しばかり染めてキッと二人を見返すしかできないジュリアスであった。
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