ジュリアスが、吹く風の冷たさに身を任せて、湖面の輝きに、愛しい者の面影を見ていたその時、彼の背後で枯れた小枝を踏む小さな音がした。 ジュリアスが振り返ると、そこにクラヴィスが立っていた。

「ジュリアス……」
 クラヴィスはジュリアスの視線を避けるように呟くと、その場を引き返そうとした。

「待て、クラヴィス」
 ジュリアスは、クラヴィスを止めた。

「執務室に行けというのだろう」
 クラヴィスは振り向きもせずに言った。

「先ほど研究院から女王試験の報告が届いた。今頃はアンジェリークの元にも、研究院からの知らせが届いているだろう」

「アンジェリークに決まったか」
 振り返ったクラヴィスは、湖面に輝く小さな光の眩しさに目を細め、湖の畔に佇む。

「で、お前はどうするつもりなのだ?」
 ふいに、ジュリアスの心の中を突っつくように、クラヴィスは言った。何をどうすると言うのだ? とジュリアスは聞かずに、クラヴィスの言葉に、無意識のうちに拳を握りしめた。

「どうもせぬ。どうにもならぬ……」
 吐き捨てるようにジュリアスは言った。言ってしまってから、ジュリアスは、自分の言葉に驚いた。

 オスカーの様にアンジェリークの手を取り、甘い言葉を囁くことも、リュミエールのように優しい言葉と物腰で、彼女を励ますことも、もちろん年少の守護聖たちのように一緒にはしゃぎ合うこともしなかった。
 ただ、見つめ、微笑み、守護聖の範囲に置いてのみ、誘われれば、湖で語うだけで、己の裡を悟られるような行動に出たことはなかったはずだった。
 それがクラヴィスには、知られている。自分がアンジェリークに想いを寄せていることを……。
 だが、しかし、それはクラヴィスとて同じ事ではないか、とジュリアスは思った。

 クラヴィスは私と同じようにアンジェリークの事を想っているはずだ。何事につけても物憂げにしているが、私には判る……。
  ジュリアスは動揺した心を落ち着かせようとした。

「認めたな、ジュリアス」
「それは、そなたも同じであろう……」
 ジュリアスはクラヴィスを見据え言い返した。クラヴィスの目に一瞬の戸惑いが走った。

 そしてクラヴィスは、溜息と共に吐き出すように「ああ」と答えた。

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