二人はそれきりしばらくの間、押し黙ったまま、立っていた。 ジュリアスは、ふと、もしもアンジェリークの心が、クラヴィスにあるのなら、それはそれでもういい……と思った。初めてクラヴィスが、アンジェリークの名を呼んだ時に感じた嫉妬はもう無かった。次代の女王など、どうでもいいとさえ、思っている自分が心の片隅にいることにジュリアスは気づいた。

 (この私が? そのような事を……)戸惑いながらも、それを認めてしまうと、ジュリアスは、クラヴィスを見た。

「そなたの事は止めはせぬ。もしもアンジェリークが同じ気持ちならば、そなたたちは一緒に……」
 思いがけないジュリアスの言いように、クラヴィスの瞳には驚きが走る。だが直ぐさま、その瞳は、細く穏やかな色をたたえて、元に戻った。

「ジュリアス、そんなにもアンジェリークが愛おしいのか……」
 今度は、クラヴィスに言われて、ジュリアスは改めて自分の心の叫びに気づく。

(愛しているのだ、それだからこそ、アンジェリークの幸せ以外は考えられない)
 それは感情だけの陳腐な言い訳だと思いながら、ジュリアスは、クラヴィスから顔を反らした。その横顔にクラヴィスは言った。

「お前は、不器用だ……」
 クラヴィスは笑った。

「そなたに言われるとはな……だがお互い様と言うところだろう」
 ジュリアスは、そういうと口の端に浮かんだ苦笑いを隠さずに、クラヴィスを見た。 そして、しばらく、二人は同じ想いを心に持って、同じ目をして、静かに光る湖面を見つめ続けた。
 だが、そのまま終わるはずの静かな午後は、カサカサという草を踏む音に消された。

 「よかった。二人ともいらした」
 ほっとしたようにアンジェリークはそう言うと、滅多に見られない二人の姿に、驚いて近づいてきた。
「今、お二人の執務室に伺ったんですけど、いらっしゃらなかったので。さっき、あの……研究院の方がいらしたんです。正式な発表は明日だけどって。それで怖くなってしまって……お二人にお逢いしたくて……目を閉じて、う〜んって、集中したら、森の湖が心に浮かんだんですよ、当たった〜。湖になにかあったんですか?」

 アンジェリークは、ジュリアスとクラヴィスの間に立って、湖面をじっと見つめた。「水面が、輝いてまばゆいだろう。それを見ていた。そなたのようだと思って見つめていたのだ。このものと」
 ジュリアスは明るい声で、そう言った。クラヴィスも頷いた。

「お二人とも、何か示し合わせたみたい……あれ? なんだか……」
 アンジェリークは身を捩って、自分の両方の肩先を交互に確かめた。

「どうかしたか?」
 ジュリアスは穏やかに尋ねた。
「え、ええ……。私……あの、変だわ。今、自分の背中に羽がある様な気がして……」
「錯覚ではない。私にも見える。そなたの肩の上に、柔らかにかかる羽根が」

 ジュリアスは微笑み、アンジェリークの背後に回ると、その両肩にそっと手を置いた。
 アンジェリークは、恥ずかしそうに頬を染めた。
(待て、お前は、そっちだけだ)
と言うようにクラヴィスは、アンジェリークの左肩にあったジュリアスの手を払い除け、自分の手を乗せた。

 クラヴィスに無理矢理、手を払い除けられたジュリアスは、一瞬表情を強ばらせたものの、次の瞬間には彼にしては珍しく声をあげて笑い出した。それにつられて、クラヴィスも。
 この二人の微笑みではなく笑い声を、アンジェリークは初めて聞いた。
 女王と聖地を支える両翼である二人の笑い声に、女王になるのだという戸惑いと不安も、アンジェリークの胸から、霧が晴れるように消えていった。

(きっと、大丈夫よね。ジュリアス様とクラヴィス様がいて下さるんだもの)

 二人の手の温もりを両肩に感じながら、アンジェリークも一緒に笑った。

おわり
(Step for step 直訳:同じ歩調で) 

聖地の森の11月 こもれび