黄昏の聖地

 

 

 


やがて、執務時間の終わりを告げる小さなアラーム音が、遠くから数回聞こえ、同時にバタバタと駆けてゆく足音も聞こえた。普段ならば私の執務室までは届いてこないその音は、ゼフェルの執務室から発せられたものだった。
今日に限ってそれが聞こえるのは、この秋の夕暮れの静けさと、守護聖たちの大半が視察に出向いている為だ。残っているのは、ゼフェルと私、それに……クラヴィス……。

私は、王立研究院からの連絡を確かめて、執務官に、週明けの予定について二、三の指示を与え、立ち上がった。私が扉を開けたと同時に、向かい側にあるクラヴィスの室の扉が開 き、中から物憂げに出て来たあれと目が合った。

「帰るのか?」
と私はクラヴィスに声をかけた。

「ああ。お前が定めた執務時間とやらは、十分も前に過ぎたからな」
「結構」

私たちは仕方なく並んで、執務室棟の出口へと向かうことになる。静まりかえった回廊はもう薄暗く、冷え冷えとしていた。外に出ると、さらに冷たい空気が私の肺を満たす。 先を歩いていたクラヴィスの長い髪が、風にふわりと舞う。

「少し風が出てきたな……今宵は冷えそうだ。明日は雨かも知れぬな」

私は、彼方の鈍い色の雲を見て言った。それは夜の帳と絡み合い、聖地中を陰鬱な空気で満たそうとしているように思えた。

「フ……つまらぬ週末になりそうだな、お前にとっては」

明日、オスカーと遠乗りの約束がある事を知っているかのように、クラヴィスが言った。

“だから何だというのだ……”

私は、クラヴィスの一言に、何故か小さな怒りを覚えつつも、あえて反論する気力もなく押し黙った。

それきり、私とクラヴィスはお互い無言で、執務室棟の前から中庭を抜けて、さらに宮殿の外に続く門の近くまで来た。

僅か五分ほどの間に、ほとんど日は沈んでしまい、辺りはかなり暗くなってしまっていた。晩秋のもの悲しさが、私たちを包み込む。

私たちの館は正反対の方向にある。宮殿を出たら、そこで別れなければならぬ……。

もう幾度、このように背中を向け合っただろう。また、そなたは俯きながら、暗い道を、闇の館に向かい帰ってゆくのだろう。
私も、きっと、刺々しい表情をしているに違いない。
私たちは……もっと語り合った方がよいのかもしれぬ……。

私は、気まずいこの雰囲気をうち破ろうと、意を決してクラヴィスに言った。

そうだ、今日はあれの誕生日でもあるのだから……。

「クラヴィス……待て」

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