2 |
|
|
あの薔薇が咲く。今年もまた。 蕾の頃から、その薔薇の付近は、馥郁たる香りがしている。豊潤な果実にも似た形をして、やや先が開いた蕾は、通りすがりの私の目を誘う。 そして、今朝 。 「カティス様の薔薇が今年も咲きました」 執事が、朝食のテーブルに一輪挿しを置いた。一番先に咲いたものだけを、こうして毎年、花瓶に挿して私は楽しむ。後は決して、手折ることなく。カティスが、聖地を去る間際に記念だと植えて行ったその薔薇は、大輪の黄色い薔薇で、幾重にも巻いた花びらが美しい。気温や水のやり方、剪定の仕方など、手の掛かる薔薇だった。この薔薇は、切ってしまってからも水揚げが難しく、すぐに枯れそうになる。さりとて、水の吸い具合が良すぎても、あっと言う間に花開き、散ってしまう。その事を知ってからは、一番最初に咲いた一輪を切って花瓶に挿すだけにしており、後はずっと、温室で愛でることにしていた。こうして私が、朝食と共にその美しい姿を堪能した後は、玄関先に 、ほんの数日だが置かれて、館の者たちが楽しむ。皆、この薔薇をカティス様の薔薇と呼んで、他の薔薇とは別格の扱いをしていた。私もまた、カティスの薔薇……と呼んではいる。 だが、その薔薇の本当の名前はクラヴィスという。その事は、私だけしか知らない。詳しい育て方を書いたメモ書きの裏面に、その薔薇の名前がさりげなく書かれていたのだ。私がそれに気づいた時には、カティスはもう聖地にはいなかった。
おおよそ、あれのイメージではない、日の光の結晶のような濃い色と、あでやかな大輪の花を……。 |