3 |
「つっ……」 小さな棘がマルセルの指先を傷つけた。思わず口元にやった指先を吸いながら、それでも彼は、自分を傷つけた薔薇を愛おしげに見つめる。ひと枝に必ず二つづつ花を付ける小ぶりのピンク色した薔薇……。 「さぁ、行こう。僕が初めて完成させた薔薇さん……喜んでくれるといいけど」 マルセルは、薔薇に語りかけて微笑む。小さく株分けした鉢を二つ手に持って、彼は出掛けた。 マルセルが、執務室棟にある集いの間に着いた時、ロザリアが既に、茶器のセッティングを終えていて、クラヴィス以外の守護聖も集まっていた。これから女王候補を招いてのお茶会が始まるのだ。 「ロザリア、この薔薇を、テーブルに飾ってもいい? そんなに強い香りはしないから、邪魔にはならないかと……」 マルセルは、二つの鉢を、ロザリアに見せた。 「ええ、もちろんですわ。まあ、可愛らしい薔薇。あら、良く見ると珍しい形をしているわ」 鉢を受け取ったロザリアが言った。 「サクランボみたくセットで咲いてる……新種?」 横で見ていたオリヴィエに、そう言われて、マルセルは嬉しそうに頷いた。 「僕が造ったんですよ。アンジェリークとレイチェルにあげようと思って」 「ペアで咲く薔薇かぁ、ちょうど、女王候補たちにみたいだね」 ランディの何気ない一言に、マルセルはハッとして顔をあげた。 「じゃあ、この薔薇の名前は、僕の故郷の言葉で、クィス・サンティカ……にしよう。専門職に就く前の女性の見習いさんの事を表す言葉なんです。名前がなかなか決まらなくて、記録書の名前の所だけ空欄だったからスッキリした。早く書き込みたいな」 マルセルは、嬉しそうに笑う。 「……じゃあ、この薔薇は、これから、そういう名前で呼ばれて、作者の名前はマルセル……って記載されるってワケ? いいよね、そういうのって。なんかこう永遠に名前が残るものってさ〜。ワタシも、香水や宝石に名前を残したいもんだねぇ〜」 オリヴィエは、うっとりとした顔で言った。 「でも、オリヴィエ様、僕の薔薇の名前は、聖地で残るだけだから……」 すこし寂しげに言ったマルセルの後で、ジュリアスが尋ねた。 「それはどういう意味なのだ?」 「歴代の緑の守護聖は、新しい薔薇を作っている人が多いんです。そして、それはちゃんと記録されているんですけれど、あくまでも聖地の中で造ったもの……外には持ち出せませんし、持ち出せたとしても、環境が違うので同じようには、育たないことがほとんど……。そういう意味では、主星を中心とした各惑星で造られた新しい薔薇は、ちゃんと登録されて、オリヴィエ様が、おっしゃるように作者の名前と共に残っていくのだけれど、緑の守護聖の造った薔薇たちは聖地だけのものだから」 「ふーん、そうなんだ。でも、聖地だけでも、素敵なことだよね。あ、主役のお二人さんが来たよ」 オリヴィエは、ウィンクすると、やって来たアンジェリークとレイチェルを出迎えるために、その場を去った。同じように後に続こうとするマルセルに、ジュリアスは声をかけた。 「マルセル、カティスのものも、その記録書にはあるか?」 ジュリアスは、今朝、咲いたあの黄色い薔薇を思って尋ねた。 「ええ、ありますよ。五種類ほどだったかな……。あ、そういえば、ジュリアス様の名前の付いた薔薇もありますね」 「私の名前の薔薇? その記録を見せて貰えるか?」 “クラヴィスの名前ではなく、私の名前のだと? さてはカティス、やはり薔薇の名前をメモに書く時、過って書いたに違いない。たぶん、私の庭に咲いている薔薇の名前は、クラヴィスではなく、私の名前なのだ。あのような見事な薔薇に、自分の名前が付けられているのは些か気恥ずかしいものがあるが……” そう思いながら、ジュリアスはマルセルと緑の館の訪問を約束した。 |