今年も、また薔薇が咲く。
生い茂った葉の合間から、私の小指の先よりも小さな幾つもの蕾が見えている。一輪だけ気の早いものが、既に咲いていて、顔を近づけると、ごくわずか……仄かに薫る。
カティスが、私の館の裏庭に植えて行った白い薔薇。彼自身が造ったというその薔薇は、小さなもので、白い花びらが咲ききってしまうと、花の中心のあたりが、うっすらと微かに藤色に染まる。清々しく、凛とした薔薇だ。ただ解せないのは、その薔薇の名前だった。
この世に薔薇がこれしか存在しないのなら、小さくはあっても、その整った形や、優雅さのある色合いに、ジュリアスと名付けたこともわからぬではないが、どう考えても、あれの名を付けるならば、もっと大輪の、このような白ではなく別の色のものが相応しいだろうに……。
カティスが聖地を去る前に、この薔薇の名を知ったならば、もちろんその理由を尋ねただろう。だが、それを知ったのは少したってからだった。薔薇の植え込みの奥の方に差された小さな名札を見つけて……。
名前はともあれ、私はその薔薇が好きだった。もちろん、他の花も嫌いではない。だが、賑やかな色彩の中にいるよりは、鬱蒼とした緑が繁っている方が心が和むので、私の館の庭には花は少ない。そんな中で、季節が巡るごとに、こうして蕾を付け、穏やかな美しい姿を見せてくれるこの薔薇は、悪くない……。
私は、毎年この花の咲く頃、カティスを思い出す。そして、ほとんど毎日、顔を合わせているジュリアスも思い出す……。
『この薔薇は、何故、ジュリアスの名が付いているのだろう?』
カティスの残した謎に私は毎年、付き合っては、答を出せずにいる……。
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