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      さて、ここにもう一人、ジュリアスにお熱の女性がいる。オンディーヌは、ウォン・セントラルカンパニー勤続三十五年、福利厚生部第二課・課長……ぶっちゃけて言えば、食堂のおばちゃんである。もっとも彼女の場合は、ジュリアスとマジでどうこうなろう……と思っているわけではない。熟年の女性が、氷川きよしやヨン様に焦がれるのと同レベルでの……お熱ということだが。
 「ジュリアス同盟だって?」
 そのオンディーヌにランチの後、こっそり声を掛けられたレイモンドは声を潜めて聞き返した。
 「ジュリアスについては噂ばっかり先行して確実なプロフィールも判らないし、本人も口は固いし。好きな花、色、愛読書……いろいろ知りたい乙女心……。まあさ……しつこく聞いたり、つけ回したりなんてしたくないから、私らジュリアスふぁんでお茶でもしながら情報交換しないか……ってことなんだよ」
 「ジュリアスふぁん……って、僕は本気で好きなんだけどね」
 ふん……と軽くあしらうような口調で言ったレイモンドにオンディーヌは、「クリスティーヌは参加するって。まあ、気乗りしないのならいいよ。こういうことは女同士でキャピキャピする方が楽しいしね」
 マンガならピクッ……とコメカミが引きつった顔がお似合いなレイモンド。
 「ま……仕事が終わった後、お茶しながら少し話す程度ってことなら参加してもいいよ。僕は……ジュリアスとは一緒に仕事する機会が多いわけだし、女性陣お二人の知らない情報も持ってるだろうし……ね」
 ジュリアスに対しては二人より優位に立っていることをアピールするレイモンド。
 「私だってさ、オバチャンパワー炸裂で、アンタたちが聞けないような事もサラリ……と聞けるわけだし、クリスティーヌは社内の情報が一番入って来やすい秘書課だし、三人の情報を持ち寄れば、かなりジュリアスの確信に迫れると思うのよ」
 確かに彼女のオバチャンパワーには恐るべきものがあるし、クリスティーヌの回りには情報通の女性社員が多い……と思うレイモンドだった。
 
 数日後の水曜日……午後五時半のティールームで、ジュリアス同盟の第一回定例お茶会が開催された。 クリスティーヌ、オンディーヌ、レイモンドが、円卓を囲んでお茶をする姿はかなり奇異である。というか三人共通点がジュリアスなのはバレバレだが……。
 
 「オンディーヌ、何か新しい情報があるって本当?」
 クリスティーヌが、さっそく食いつく。
 「手短に頼むよ。まだ仕事があるんだ」
 レイモンドは大して期待していない様子だ。
 「なによ、アンタ、その上から目線。聞かせてもらうのに失礼でしょっ」
 オンディーヌは、目下の一番ライバルに食ってかかる。
 「まあまあ、二人とも。ここではケンカしないの。実はさ……」
 とオンディーヌは、小声になった。
 「昨日の帰り、私、見ちゃったんだよ……ボスとジュリアスがさ……」
 とそこまで言い、彼女はため息を付いた。
 「仕事が終わって、二人して車に乗り込んで帰るトコでさ、ボスが運転席に乗ろうとすると、ジュリアスが……コホン、そなた、今日は疲れたであろう、私が運転しよう、って優しげに声掛けてさ」
 「そりゃ、ま、ジュリアスはボスの屋敷に住んでるんだし、一応、秘書なんだし……そういうこともあるでしょ?」
 「うん、でも、その後さ、ボスが、可愛く……可愛くだよ? ありがとぅ、ジュリアスさま〜、って言って、ジュリアスの頬に、無理からチュッって!」
 「!」
 クリスティーヌとレイモンドは二人して顔を見合わせた。だが、気を取り直し……。
 「無理からって、ジュリアスは嫌がったってこと?」
 「よさないか、チャーリー、まだ社内だ……って言ってた」
 「まだ……社内?」
 「社内じゃなかったらいいってことか?」
 
 やや沈黙の後、レイモンドが口を開いた。
 
 「二人は親戚なんだろう? ボスはジュリアスの事を兄のように慕ってるんだし、挨拶代わりのそんなキスくらいするだろう」
 クリスティーヌが珍しく彼に同意してコクコクと頷く。
 「親戚だったらね。でももし……親戚じゃなかったら?って私、考えちゃったのよ〜」
 「え?」
 
 「何気ない二人の様子見てて思ったんだよ。親戚だとか、ジュリアスには王族の婚約者がいるとか、全部噂だろ? 私、オバチャンパワーでソコソコ、ツッコミ入れてジュリアスやボスに聞いたけど、適当に
      かわされてばかり。ボスなんかいつもは、ノリで結構、プライベートな事を言うのに、ジュリアスの事になったら、さあ……とかまあ、とか曖昧な返事。もし二人がパートナーだったら?」
 
 「そうとしたら……」
 三人は顔を見合わせた。そして、本気でジュリアスと付き合いたいと思っているクリスティーヌとレイモンドは、人差し指を天に向けて、同時に言い放った。
 「チャーーンス!」
 「やっぱり貴方もそう思う?」
 「ああ。他星のお姫様が婚約者だというから諦めるべきかと思ったけど……」
 「そうよねぇ、ボスがパートナーなら、なんてことないじゃないの、ねぇ」
 「そうだよ、財力はあるけど、ジュリアスは別にお金目当てってわけじゃないだろうし」
 「あの方言が珍しかっただけよ」
 「人は自分と真逆なものに興味をそそられるものだけど、結局、あきるよね」
 「どうせ、ボスがコテコテの方言で『好きや〜、すっきゃ〜』って追いかけ回したあげく泣き落として渋々、ジュリアスが折れたのよ。彼、責任感から別れられないだけよ」
 「腐れ縁か……」
 言いたい放題の美形二人の間で、若い頃はソコソコいけたかも知れないが今となっては見る影もないオンディーヌが割って入った。
 「ちょっとアンタたち。確かにボスは容姿ではアンタたちには劣るけど、カリスマだった先代の突然の死から引き継いで、ここまでやってきた手腕は大したもんよ。ボンボンに何が出来るって散々叩かれのに。私ら社員の事もよく考えてくれてるし、人として個性的で魅力的だよ」
 さすがにそこは年配者、見るところは見ているオンディーヌである。
 「そうかもだけど……」
 クリスティーヌが口を尖らせる。
 「でも……ジュリアスの理想のタイプは、美しさと優しさと賢さを兼ね備えた人っていうじゃない?」
 「君、あてはまるの美しさだけじゃないか」
 「失礼ねッ、アンタだってそうじゃないの」
 「僕、ザラメ大学卒だよ? 主星域の大学ランキングTOP10だよ。地方の三流短大卒の君と一緒にしないでくれるかい」
 キイッと悔しがるクリスティーヌを慰めるように、「ジュリアスのいう賢さって学歴じゃないって言ってたよ。思慮深いとか細やかに気が付くとかそういう
      ことだろ?」オンディーヌが言った。
 「ほら、ごらんなさいよ。それなら私にだってあるし、アンタには意地悪かもだけど基本、面倒見のいい優しい人って言われてるもの」
 「その程度でいいなら僕だって」
 「だからね、例えばアンタたちが、美しさ10、優しさ5、賢さ6で総合得点21としたら、ボスはさ、美しさ7、優しさ8、賢さ9で、総合でアンタたちを上回るわけだし」
 ものすごいザックリとしたオンディーヌの評価だが、言い得てはいる。その上、チャーリーには、そこに「お笑い」という大きな加点があるのだが。
 
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