★『誰も知らないウォン財閥の社史』★
さらに秘密の……番外編
ゆらり……、と、チャーリーの体の中で何かが揺れた。 「どうした?」 チャーリーを受け止めるような形で、ジュリアスは尋ねた。 「なんか夢みたいでドキドキしてしもて。あはは……なんか俺、小娘みたい。長旅から戻ったとこで疲れてるのもありますけど」 確かにこの薄暗い照明の中にあっても、チャーリーの顔色はあまりよくないようであるし、頬が少し痩けている感じがする。 「そうか……そなたは仕事から帰ってきたばかりであったな。無理はしないほうがよいな。今日はゆっくり休んだほうがよいだろう。私との事は、改めて……」 チャーリーは、がっし!とジュリアスの腰に抱きついた。 「いやや〜。せっかく、せっかくここまで進んでんのに〜」 チャーリーは、子どものようにそう言うと、潤んだ目でジュリアスを見上げた。 「わかったから……」 ジュリアスは、チャーリーの手をほどき、その身をベッドの上に座らせた。 二人の唇が再び、重なり合おうとした、その時、電子音が小さく鳴った。それは、一定の間隔を置いて強弱をつけて鳴っている。 「何やろ? あんな電子音……はじめてやけど……」 チャーリーは不安気に音のする方向を探っていた。 「あれは……。そうか……」 ジュリアスはベッドの縁から立ち上がった。 「どうしはったんですか?」 「チャーリー、聖地に戻らねばならぬ」 ジュリアスは少し残念そうに言った。 「ええっ、なんでっ」 「そなた、転移板をセットしたままであろう? 私はそれでここに来られたのだ。伝えたいことがあるので少し行ってくる……と言い残して、回路を開いた。エルンストが何かあったのではと心配して信号をよこして来たのだ」 「あの電子音は、聖地からのシグナルですか……。それなら、こっちからも無事や〜っていう意味の信号を返したらエエんちがいます?」 「そなたの転移板は、聖地への回路を開くように要請する機能しかない」 「ほっといたら、どうなります?」 チャーリーは恐る恐る聞いた。 「おそらくは……」 「エルンストが、オスカーあたりに連絡するであろうな。いや……」 「え?」 「オスカーは本日、飛空都市に視察に出掛けているのだった……それならば、ヴィクトールが王立軍を率いてやってくるかも知れぬ」 ジュリアスは真面目な顔でそう言った。 「……ジュリアス様、俺の事、弄んではるんと違う?」 チャーリーは半泣きといった風情でジュリアスを睨み付けた。と、その時、電子音のトーンが一段階上がった。 「う、うわ……マジやーー」 「一旦戻らねばならぬ。チャーリー、やはり今日はゆっくり休むといい」 「う〜う〜、こうなったら、俺も聖地について行きますっ。まだこの時間やったら、カフェでお茶できるっ。ちょっと待っててください〜」 チャーリーはベッドから飛び降りると、クローゼットに飛び込んだ。白いズボンと、かろうじて上着を引っかけ、靴やスカーフなどの商人の衣装を抱えてチャーリーはすぐに戻ってきた。既に転移板の上に立っているジュリアスの横にチャーリーは立った。 「もう、せわしないなァ。回路オープンのシグナル、出しますよ〜」 チャーリーは、スカーフをバックルの間に、ねじ込みながら言った。転移板のシート全体が、わずかに振動し、光のカーテンが下からせり上がってくる。 「さすがに二人やとギュウギュウ詰めやなぁ。ジュリアス様、失礼」 チャーリーはジュリアスに抱きついた。二人の体はほんの一瞬、漆黒の闇に包まれる……。 「ジュリアス様、心配いたしておりました。何かあったのではと……」 (あの一人芝居が出れば、彼の体調も戻った、と言うところか。それにしても……) |