『誰も知らないウォン財閥の社史』


さらに秘密の……番外編

 星明かりの中、三人の男が肩を並べて歩いている。服装も体格もまるで三者三様だ。
「ヴィクトールさん、やっぱりお酒強いなァ」
 チャーリーはほろ酔い加減で言った。
「これでも少しは慎んだんだがなぁ」
「まさにウワバミってヤツだね」
 澄まし顔で言ったのは、セイランである。
「本当に怖いのはセイランだな、顔にひとつもでていない」
「お互い様」
「にしても、親睦会は良かったなァ。女王候補のお嬢ちゃんたちには、ええ励ましになったやろな。陛下もなんか楽しそうにしてはったし」
 満足そうにチャーリーは言う。
「そうだね、騒がしいのは苦手だけど、いい感じの集まりだった」
「ロザリア様の話だと、試験も折り返し地点ってとこだそうだが、明日からはますます気合いを入れてやらなきゃいかんなぁ」
「気合いを入れるのはお嬢ちゃんたちだけ。ヴィクトールさんはそれ以上、入れんでええがな〜」
「同感だね」
「ひどい言われ方だなぁ」
 三人は酒が入っているせいもあって朗らかに笑い合った。
「ほな、俺はここで……」
 王立研究院に続く小径の側に来た時、チャーリーは、二人にそう言った。
「主星に帰るのか?」
「明日は月の曜日、俺は来週まで聖地には用ナシですわ」
「そうか……平日は、会社の仕事もあるんだったな、大変だな」
 ヴィクトールはしみじみと言った。 
「会社勤めなんてよく続くよ。一度、面白いかと思ってやってみたけど、三日と持たなかった」
 セイランの言葉に二人は驚いた。
「勤め人だったことがあるのか……」
「その性格でムチャしよるな……そやけど、よう雇ってもらえたなァ。俺やったら面接で絶対落とす」
「失敬だな。僕だって猫くらい被れるよ。三日と被っていられなかったけどね」
「あははは」
 豪快なヴィクトールの笑い声が、聖地の夜に響く。
「ホンマ、今日は楽しかった。じゃ、また来週」
 チャーリーは、二人に手を振ると一人、研究院に向かった。日の曜日の午後十時、さすがに人気はない。ゲートと呼ばれる転移装置のある部屋にも、いつも詰めているはずの係員の姿がない。
「あれーーー?」
 チャーリーは辺りを見回した。
「こんな時間になってしもうたからなァ」
 実を言うと、女王主催の親睦会が終わったのは、八時だったのだ。その後、チャーリーは、オリヴィエの館に招かれヴィクトールとセイランと共にカードゲームをしながら、一杯やっていたというわけだった。
「エルンストさんに言うてなんとかしてもらおうかな……そやけど、こんな時間やしなァ……聖地にホテルでもあったら泊まってくんやけど……そや、ヴィクトールさんとこ泊めてもらお」
 チャーリーは、引き返しヴィクトールとセイランの後を追った。小さな小川を越えてしばらく行った時、右手の方にジュリアスの館が見えた。木々の合間に見え隠れしているのは窓の灯りである。
「ジュリアス様、起きてはるかな」と呟いたのと同時にチャーリーの足は、光の館に向いていた。

「この前、ここにきた時は、エアカーで庭に降りたから気づけへんかったけど、正面玄関のデカイこと……しかも、呼び鈴があれへん……。一体、どうやって知らせたらええのや……」
 チャーリーは光の館の重厚な扉の前で溜息をついた。
「もうええわ、とりあえず……」
 チャーリーは、その扉を押した。恐ろしく重い扉だが、軋む音はまったくしない。
「あの〜、失礼しますー。どなたかーー」
 そう良いながら、チャーリーは中に入った。二階に続く大きな階段が奥に見え、その両脇には、ずらりと扉が並んでいる。扉と扉の間には、花台と燭台が交互に置かれている。
ガチャリ……とその扉のひとつが開き、見るからに執事然とした初老の男が出てきた。
(なんや、フツーに呼ぶだけかー)と思いながら、チャーリーは丁重に頭を下げた。
「夜分に申し訳ありません。私はチャーリー・ウォンと申しまして、聖地とお取引させて頂いてる者なのですが。ジュリアス様にお取次頂けたらと……」
「少々お待ちくださいませ」
 男は頭を下げると一旦、扉の向こうに消えた。ややあって、再び扉が開いた。
「お逢いになるそうです。お二階にどうぞ」
 男に促されて、チャーリーは、辺りを見回しながら歩いた。
二階に上がると、奥に一際立派な扉が見えた。
「あれがジュリアス様の私室ですかぁ。立派な木彫りやなぁ」
 思わず感嘆の声をあげるチャーリーに、男は「さようでございます」と素っ気なく言った。
 ジュリアスの私室に歩いて行こうとするチャーリーを男は止めた。
「お客様、応接室はこちらでございます」
「あ……そ、そうですか」
 (そうか私室になんか気軽に入れてもらえへんか……)
 チャーリーは少しがっかりしながら、応接室に入った。
「しばらくお待ち下さいませ」
 そう言って、男が消えた後、チャーリーは落ち着かぬ様子でじっと座って、ジュリアスを待った。

「私だ。入るぞ、どうしたのだ、とっくに帰ったものと思っていたが?」
 ノックの音とともに、ジュリアスはそう言いながら、部屋に入ってきた。 
「申し訳ありません。実は、あれからオリヴィエ様の館で……」
 チャーリーはそのいきさつを一通り話した。
「こんな時間にと思ったんですけども……」
「わかった。気にせずに泊まっていくがいい。今、部屋を用意させよう」
 ジュリアスはそう言うと、側にあったベルを鳴らした。小さいのによく響くベルである。
「失礼いたします」
 扉が空くと、そこにはさきほどの男と、メイドが、紅茶を乗せた銀の盆を持って入ってきた。
「客人に部屋の用意を」
「客間はいつでもご用意してあります」
「そうか。では、私が案内しよう。今日はもう遅い。そなたたちも下がって休むといい。ご苦労であったな」
 ジュリアスは労いの言葉をかけると、二人は一礼して去って行った。

「何かカクテルでも……と思ったが、もう充分のようだな」
 紅茶を、ほっこりとした面持ちで飲んでいるチャーリーを見て、ジュリアスは言った。
「そんなに酒臭いですか?」
「いや。頬がやや赤い程度だ。適量なのだろう。それに、そなたは明日の朝一番で主星に戻らねばならぬのだろう?飲み過ぎてはいけない。さぁ、部屋に案内しよう。ゆっくり休むといい」
「あのう……ジュリアス様」
 チャーリーはおずおずと言った。
「こんな時間に来といてナンですけども、今十時半くらいやから、俺、ちょっと寝るには早い時間ですし、ご迷惑でなかったら何かお話でも……」
 上目使いに打診されて、ジュリアスは笑いながら頷いた。
「確かに寝るまでは時間がある。もう少しだけ話をしようか。そうだ。そなたに聞かせたいと思っていた話がある。もっと早くに話そうと思っていたが、いつもそなたの話の聞き役に回っていたので、話しそびれていたのだが」
「何ですか……そんなとっておきの話って? なんかちょっとコワイな……」
 チャーリーは不安げな顔をした。
「いや、昔話の類だ。そなたにとっては、馴染みのある、な」
「はぁ」
「そなたの祖父がある日、森で出逢ったという怪我をした馬と青年の……」
「聖地御用達の申請のキッカケになったっていうアレですか?」
「そなたが祖父から伝え聞いたものと若干違うが、その時の青年というのは、私のことだ」
「そしたら、おじぃちゃんに傷の手当てをしてもらい、涙ながらに弁当を食べたいう……」
「そこは、そなたの祖父の作り話だ」
 ジュリアスは苦笑しながら、本当の話を、チャーリーに語りはじめた。ジュリアスが話し終えた時、十一時を知らせる時計の鐘が鳴った。
「そろそろ良い時間となったな。では、チャーリー、客室に案内しよう」
 ジュリアスは立ち上がると、先に部屋を出た。廊下は先ほど、チャーリーが来た時よりも、やや暗い照明に変わっている。ジュリアスは、応接間の向かい側に当たる扉の前に立った。
「ここだ……」
「お手数かけて申し訳ありませんでした。けど、楽しいお話も聞けて、良かった」
 チャーリーはジュリアスに礼を言うと、扉のノブに手をかけようとした。
「向こうの正面の扉……あれは私の部屋だ。そなたさえよければ、この客室でも、私の部屋でもどちらでも好きな方を使ってもよい……」
 ジュリアスはそれだけ言うと、チャーリーを客室の扉の前に残したまま、私室に向かって歩き始めた。
「あ……、そ、それは……」
 扉のノブに手を延ばしたままの姿で固まっていたチャーリーは、ハッと我に返ると、慌ててジュリアスを追った。いますぐに抱きついてしまいたい衝動を必死に堪えながら…………。

 

 つづく……んですけども、この続きになるシーンって、9/11の分ですね。

シーンの続きである9/11の分をもう一度読む
(あっ、その場合ですねぇ、いきなし始まってますけどぉ(^^;)

 で、お話しの続きを読む→そして最終回


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