『誰も知らないウォン財閥の社史』


さらに秘密の……番外編

 ジュリアスの胸に抱かれたまま、チャーリーは考えていた。このままジュリアスに身をまかして置くべきなのか、それとも……と。 
「えっと……」
「?」
「あの……俺……」
 もじもじとしているチャーリーにジュリアスは事も無げに言った。
「そなた、初めてであるのか?」
「いやぁ、まさか……それなりに一通りは……。そやけど、えーっと、受ける方は初めてで……」
 と言ってはたしてジュリアスに判るかどうか……と思いながら、チャーリーは答えた。
「できれば私は抱く方が慣れているのだが」
 そのジュリアスの言葉に、チャーリーは、目の前をカチッカチッと星が飛んだように思った。

「だめか?」
「い、いえ、その、あの、あんまりキッパリと仰ったんでビックリしたんです。ジュリアス様、そういう事とは無縁そうやと思ってたから……。慣れてるやなんて……ちょっと……いや、かなりショックかも……」
「そうなのか?」
「まさか……ジュリアス様、光の館に後宮とかお持ちやったとか……」
 チャーリーの言葉にジュリアスは軽く頷いた。
「それほど大袈裟なものではないのだが……」
「えええっ、冗談のつもりやったのにホンマですかっ。うわ……そうやったんか……俺、俺もそこに入れてください。会社があるから、ずっと言うわけにはいけへんけど、通いで……」
 チャーリーは、ジュリアスの胸から、顔をあげて言った。

「守護聖には身の回りの世話をするものが数名控えており、そういう事も世話の範疇であると知らされたのは、ゼフェルほどの年頃であったか……。係りの者は男女ともに見目の麗しい者が置かれ、そういう事になったとしても、それを傘に着たりはしない人柄も出来た者が選ばれている。週末になるとその中から順に私の寝所にやってくる。聖地では、そういう風になっていると年長の守護聖や執事から言われたので、そういうものだと思っていたのだ」
「はぁ……それはまた浮世離れした話やなぁ……」
「そうだな……私もクラヴィスも外の世界は知らなかったので、それがごく普通の事であると思っていたのだ」
「そしたら今も……」
「いや、今はそのような事はない。年長の守護聖が去ってゆき、私たちは外の世界を知る機会もふえ、共に愛する人を見つけた。そうすれば自ずと判ったのだ。心が伴わぬ行為には虚しさがつきまとう、と」
「愛する人……?」
「視察に出掛けた時、遠い辺境の星の名前も知らぬ乙女に恋をした」
「ジュリアス様でもそんなことが? で、その乙女のヒトとは、結局……」
 ジュリアスは小さく首を左右に振った。
「首座の守護聖であることに、一番強く気を張っていた時期だった。そのような恋心を抱くことすら罪であると思っていたのだ。何もあろうはずもない。ただ……」
「ただ?」
「別れ際に、唇を重ね合った。そなたとしたように、思わず。相手にしてみれば、ただの別れの挨拶だと思ったに違いない……」
「きれいで可愛い恋の物語やなぁ………なんや……そうか……えへへ」
 チャーリーは嬉しそうに笑った。
「何か嬉しそうだな?」
「守護聖様は、特にジュリアス様は、こういう事に対して、無縁どころか、もしかしたら感情さえないのかも……とふと思ったりしてたんです。そんなんやったら、俺の入る隙もあれへんかったけど」
 チャーリーはジュリアスに抱きついた。そして……。
「ジュリアス様、俺のベッドに……、ここ狭いし」

 チャーリーの声が、突き抜けて明るい。ジュリアスをそれを聞いて、笑い出す。
「そなたは……本当に判りやすいな」
「そんなんジュリアス様の前だけです。俺、普段はポーカーフェイスのウォン言うて、有名。きれいで可愛い恋の思い出とは、ほど遠いやろけど、ジュリアス様の中のめっちゃ楽しい恋の思い出になるように……」
 チャーリーは、立ち上がり、ジュリアスの手を取った。

「コンピュータ、俺のベッド!」
 とチャーリーは叫んだ。電子音とともに、先ほどまで二人が座っていたソファが軽く揺れた。ロックの外れる音がし、ソファの座席部がスライドする。ジュリアスが見ている前で、ソファは、たちまち立派なベッドになった。
「簡易ベッドでスミマセン。本宅の方やったら、超豪華なんやけど」
「いや……充分な大きさだ……」
 ジュリアスは苦笑しながら言った。
「ではっ、ジュリアス様、よろしゅうにっ」
 チャーリーは、ペコンと一礼した。
「そなたはもう準備が出来ているが、私は……」
 ジュリアスは困ったように、守護聖の衣装に触れた。
「あ、俺、手伝います」
 チャーリーは、ジュリアスの肩飾りを持ち上げた。
「留め具を外さないといけない」
「え? どこやろ?」
「このピンを抜いて……」
「もう。メチャメチャしんきくさい衣装やなァ……あ、スミマセン、つい。えっと……このピンを外して……っと」
 誤魔化しながら、俯いたチャーリーの顔を、わざと覗き込むようにして、ジュリアスは、彼の頬に触れた……。
(ホンマにこの人は……)
 チャーリーは心の中で溜息をつく。ジュリアスの指先は、チャーリーの顎にかかり、それを持ち上げる。
(ホンマにこの人は……、何やらしても高貴な人やなァ……。学生時代、グレてた頃、さんざん遊び倒した俺のテクなんか、ただの小細工か……。出る幕ない……あ、また俺、先に目ェ、つむってしもた……)
 ジュリアスの唇が重なってくる……、そう思うだけで、チャーリーは軽い眩暈を覚えていた……。

 

つづく 


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