◆4
ウォンの館の別館は、長い廊下や庭伝いで繋がってはいるものの、呼ばない限りは執事も使用人たちも出入りはしないし、リビングから大きくせり出す形に作られたテラスの一画に作られたジャグジールームは、可動式の壁と屋根を持ち露天風呂にもできる仕様になっている。
そのジャグジーでほどほどに湯に浸かった後、チャーリーはジワッジワッとジュリアスににじり寄る。
そして、あんな事やこんな事………………。
コトの終わった後、二人はまったりと浴槽の横に敷いてあるストレッチの為のマットに寝転んでいた。屋根を全開にしているので星空が見え、火照った体に夜風が心地よい。
房事の最中もチャーリーの言葉使いは治らず、いつもの『もうアカン〜』『堪忍して〜ジュリアス様のイケズ〜ぅ』といった常套句も出なかった。
『うっ』とか『くっ』とか『あぁ…』とか『んっ』とか『も、もぅ…』とか至って普通の喘ぎ声のみのナニであった。
「今日のそなたはいつもと違って静かで他人を抱いたようだった……と思っているのでしょ?」
チャーリーがそう言うとジュリアスは軽く笑った。
「たまには静かなそなたも良い」
「いつもそんなに五月蠅いですか?」
ジュリアスは答えず、また笑った。
「たまには良いと言ったが、やはりいつものそなたの方が良いに決まっている。早く元に戻れば良いのだが……」
チャーリーの濡れた髪に触れながらジュリアスがそう言うと、彼は「えへへ。ジュリアス様が優しくして下さるなら今のままでもいいかも……」と嬉しそうな顔をした。
「そうだ……お腹空きませんか? フィリップの所で食べたけど軽めだったし」
「確かに。しかしこの時間に厨房の者たちの手を煩わせるのは申し訳ない」
「俺がサンドイッチか何か作りますよ。食材だけ本館の厨房から貰って来て。……溜まってるテレビ番組の録画でも見て夜更かししませんか?」
「良いな。今週は忙しくていつものドキュメント番組も見ずだった」
二人は軽くキスを交わすと立ち上がり、バスローブを羽織った。
チャーリーが本館の厨房に行っている間に、ジュリアスはルームウェアに着替え、録画再生スタンバイして待っていた。
毎週水曜日の午後十時から国営テレビで放送されるドキュメントをジュリアスはとても楽しみにしているが、先にチャーリーの好きなバラエティ番組をチョイスした。いつも芸人たちが何かする度に、チャーリーはツッコミと呼ばれる間の手を入れるから、言葉使いも治るかも知れない……と思ったのである。
ところが……。
「ジュリアス様〜、たっこ焼き、たこ焼き〜」
とチャーリーは上機嫌で戻ってきた。
「厨房に行ったら、ミチゴロウ(料理長)とセバスチャン(執事)が、将棋差しつつ、ビールで一杯やりながら、たこ焼きを焼いてたんですよぉ。まさにグッドタイミング。横取りして来ましたぁ〜」
「彼らも週末の夜を楽しんでいたのだろう。せっかく食べようとしたものを、二人に悪いことをしたのでは?」
「エエんですよぉ。クルクルッと回して、ものごっつう美しー球体に仕上げたのはこの俺なんやから。ジュリアス様、たこ焼きと言えばビールですやろ。ふふ……キンキンに冷えたビールも奪ってきました〜」
「ますます二人に申し訳ないと思うが……ん?」
“言葉が……元に戻っているではないか!”
「おお……はふはふはふ、ウマイ、ウマイわ〜」
ジュリアスはたこ焼きの入った皿とビールを受け取りながらマジマジとチャーリーを見つめた。
「ジュリアス様いうたら、ムフフ……まださっきの余韻で俺をジッと見つめたりなんかしてっ。チュ〜したいとこやけど、アカン、アカンわ〜。俺の唇は今、たこ焼きの青のりにまみれてるもん〜。それでも良かったら……チュ〜〜。たこ焼きだけにタコの口〜」
チュ〜の唇のままのチャーリーの、その唇にジュリアスはたこ焼きを押し当てた。
「あ〜ん……してくれはるのん? イヤン、ラブラブぅ〜、ん〜おいしぃ〜」
ほんの少し前までとは打って変わった饒舌ぶりにジュリアスは唖然とする。
「チャーリー、そなた、言葉が戻っている……」
「あっ、ホンマや!! ……厨房でたこ焼き見たとたん、『おっ、たこ焼きやんか〜』って自然に出て、そこから先はスルスルと元に……。恐るべし、たこ焼き!」
「それほどに美味なのか……」
ジュリアスは、そう言うと、たこ焼きをひとつ、口に放り込んだ。
「なかなか美味しいでしょ? たこ焼きは俺、離乳食の頃から食べてるんですよぉ。親父もおじいちゃんも……」
「うむ……。表面の香ばしさ、中味のまろやかなとろみと具材のバランス……何より、見た目の完成度が高い……」
「ははは、大袈裟やなあ。気に入ってもろて俺も嬉しいわ。ジュリアス様、最後の一つ、どうぞ」
とは言ったものの、チャーリー・ウォンは今までの人生ので、たこ焼きの最後のひとつを誰かに譲ったことなど無かったのである。
“うっ……ジュリアス様に奪われたのなら本望……い、いや、なんか……それはものすごーアカン気がする。未だかつて最後のたこ焼きを誰にも譲ったことのないこの強気が、今までの俺の人生を支えてきた気がする。この一つを譲ったせいで坂を転げ落ちるがごとく運が尽きて行く気がするぅ……”
“……しかし……人としての本能が露見する房事の場に於いてさえ、チャーリーの根源である方言を引き出すことが出来なかった。私とのひとときより、この小さな球体の食べ物の方が、チャーリーの心にとっては感じる所があったということだ。私は……たこ焼きに敗北感を感じる……だが、おいしい……”
二人は複雑な気持ちになりながら、空になったたこ焼きの皿を見つめたのだった。
おしまい
|