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      ◆オマケ 
       ウォン家の料理長と執事は、先代からの付き合いである。先にウォン家に仕えていたのはミチゴロウの方で、当時ウォンの館には執事がいなかった所に、訳あってセバスチャンが迎え入れられたのである。セバスチャンは寡黙なタイプだったが、人懐こい職人肌のミチゴロウとは、同世代ということもあってすぐに打ち解けた。夏場の週末は、二人して厨房の裏庭に長いすを出して、ミチゴロウ手製の肴とビールを片手に将棋をするのが二人の愉しみのひとつなのだった。
 「持っていかれましたな……」
 「そうだね……」
 ミチゴロウとセバスチャンは、綺麗サッパリ空になったたこ焼き器を見つめて呟いた。、数分前、チャーリー・ウォンが厨房にやってきた。「小腹が空いたからサンドイッチでも作ろうと思うので、食材貰うよ……」と。だが、たこ焼きを見ると目の色が変わり、二人に有無を言わせず奪い去って行ったのだった。
 
 「ホンマに……もうボンときたら……しょうがないお人やで」
 ミチゴロウは、先代と同郷なのである。
 「仕方ありませんよ。チャーリー様はたこ焼きには目がありませんからね」
 「ジュリアス様も食べはるんですかねぇ? たこ焼き」
 「さあ……どうでしょうね。お口に合わないような気もしますが……」
 「……ところで、ボンとジュリアス様の仲はホンマのトコ、どうですねん?」
 とミチゴロウは小声になって言った。
 ジュリアスが何者だったか、チャーリーとはどういう仲なのか……は、ミチゴロウもセバスチャンも「実は……」とチャーリーから聞いて知ってはいる。
 「まあ私の感じたところでは仲睦まじいかと」
 「それでジュリアス様はエエんですかね? そらボンはなかなかの男やと思いますけどね、なにせ、ほら、ジュリアス様いうたら、元は……ナニでっしゃろ? なんも好き好んでボンなんかと……」
 客観的に聞けばチャーリーに対して失礼な言い様なのだが、相手が光の守護聖だった御方ともなれば致し方ないのである。
 「相性がお合いになるのでしょう。ほら、性格が逆の方が惹かれ合うともいいますし」
 「そらまあ。ワシとアンタかて性格や見た目はまるっきり違いますからな。唯一同じ趣味はこの将棋や」
 「で、三十年からの付き合いになってるわけですし。若いお二人の事ですから、私たちは見守るしか……。ミチゴロウ、ちょっとその手、待ってください」
 「いやいや、待ったなし! 今日こそ勝たせてもらいまっさ。ボンにたこ焼き取られたから、残ってる材料でもういっぺん作るし、ゆっくり考えたらよろし」
 ミチゴロウはたこ焼きの鉄板に油を綺麗に塗りつけつつ言った。
 「うーーん……」
 とセバスチャンは唸り声を上げて、しばし考え込み、パチンと駒を置く。
 「そうきはったか……そしたらワシはココに」と、ミチゴロウは駒を置き、直ぐさまクルクルクルッと慣れきった手さばきでたこ焼きを返して球体を整えていく。もう焼ける……というその時。
 
 「おかわり〜。おお、ちょうどエエ具合に出来てる、出来てる」
 とチャーリーが空の皿を持ってやってきた。
 「アカン。アキマセンッ。これはワシとセバスチャンの分や」
 「また作ったらエエやんか〜」
 「もうタネがありませんっ」
 「頂戴や〜、なーなー、ちょぉぉぉーーだい〜」
 とても宇宙に名だたる大企業のトップとは思えないダダッコぶりである。
 「チャーリー様、先ほど全部お持ちになりましたでしょう。食べ過ぎですよ」
 とセバスチャンもやんわりと批難する。
 「そやかて、ジュリアス様も食べはったんやで。二人であの量は足らんやろ」
 「え? ジュリアス様もお口にされたんですかっ」
 とセバスチャンとミチゴロウは同時に言った。
 「そやで。美味しいと言うてはった。アッチには、たこ焼きなんてあらへんし、珍しかったんやろなあ」
 「アッチ……っていうのは、もしかして……?」
 ミチゴロウは拝まんばかりに呟いた。
 「アッチいうたら、そら、あの、やんごとなき所の事やん。俺らには口にするのも尊いアッチ。そこで暮らしたはったジュリアス様がやで、美味しいともぐもぐと何個も食べはったんやで。おかわりをお持ちしやなアカンやろ……そら」
 “今度こそ俺が最後の一個を食べんとアカンしな”
 卑怯なりチャーリー・ウォン。最初の一皿のうち、ジュリアスがたこ焼きを口にしたのは、たったの二個である。後はチャーリーが全部食べたのである。
 「なんとっ。そらお持ちしなアキマセ……」
 ミチゴロウが感激し、最後まで言い終わらないうちに、たこ焼きはすでにチャーリーの持って来た空の皿に移され、ソースやかつおぶし、青のりが宙を舞っている。
 「ありがとぅ。二人とも。ほな。もろて行くしーーー」
 …………。
 …………。
 …………。
 「セバスチャン……スマンが今日のビールの肴は、柿ピーにしといてや……」
 「判りました……次、貴方の手ですよ……」
 カサカサと虚しい音をさせて柿ピーの袋を開け、ポリポリとつまみながら、将棋の勝負に戻る二人であったが、数十分後、皿を返しに来たチャーリーに、柿ピーまで奪われようとは知る由もないのであった。
 なにせ、アッチには柿ピーなんてあらへんのやから……、と。
 
 おわり
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