| 【朝シャンのポーズ】での房事が終わった後、ジュリアスとチャーリーは、いつになくゆったりと週末の食事を楽しむことができた。その後、良質なドキュメント番組を見た後、主星交響楽団の新譜CDを聴きながら二人の夜は更けていく……。
 
 「ここは……どうだ?」
 「あ……いや……もうちょっと横……ん……」
 「ならば、ここか?」
 「エエ感じ……あ、あっ、そこは……違」
 「上手くはまったようだ……こうして繋がると気持ちが良いものだ……な。あ、動かすでない……」
 「もう、ジュリアス様……ハマってしもたはるんやから……」
 静かなシンフォニーをBGMに二人の会話は何やら意味深だが、なんのことはない。ジュリアスとチャーリーは、一万ピースの超大型ジグソーパズルをしていたのである。春の聖地杯でのヒヒンジュリアスとクラヴィスアマンドのゴール前の死闘が、パズルになって発売されオーナーであるチャーリーにも進呈されたのだった。パズルと聞いて子ども用玩具と思っていたジュリアスは、その写真の迫力とピース数に驚き、チャーリーよりもハマってしまったのだった。
 「そろそろ十時半か……コーヒーでも淹れますね」
 夢中になっているジュリアスにチャーリーはそう声を掛け、キッチンへと消えた。ほどなくしてトレイを持ったチャーリーが戻ってくる。
 「ん?」
 俯いていたジュリアスが思わず顔を挙げた。
 「コーヒー以外の香りがすると思えば、そなた……」
 トレイの上に、二人分のコーヒーと、カップ麺がドンッと乗っている。
 「えへへ……そやかて、お腹空いたんやもん」
 チャーリーはいそいそとカップ麺の蓋を開け、箸でかき混ぜ始めた。
 「もう十時を過ぎているぞ?」
 ジュリアスは眉を顰める。
 「けど今日は夜更かし決め込んでるし、後二時間くらいは起きてるやないですかー」
 ズルッと音を立てて最初の一口をチャーリーは食べた。
 「今宵は泳いだ後で夕食もいつもよりかなり量が多かったし、週末の夜食にと厨房の者が用意してくれたおにぎりも食べたばかりではないか?」
 「小さいのたった一個〜、一口で終わりや。今日は聖地にも出張したし、プールで泳いで、それから……ムフフもしたから、多少食べてもロハ! ズルズルズルッ」
 都合よく解釈し、勢いよく麺をすするチャーリーである。
 「食事の時もジョッキーでビールをガブガブと飲んで、同じ事を言っていたぞ。そなた最近、太ったのでシェイプアップのつもりで水泳を始めたのであろう? 動いた分だけ……いやそれを遙かに超えるカロリーを摂取するなど本末転倒だろう」
 「……そ……うですけども……。ズ……ズズッ」
 麺をすする音が、些か控えめになる。
 「で、でもっ。太ったと言うても前に比べれば……ということやし、前はむしろ痩せすぎやったんやし、今かて標準範囲から外れてるわけやなし」
 「確かに体重そのものはさぼどではないとは思うが」
 ジュリアスはチャーリーの腰の辺りを睨みつけた。
 「腹かてまだまだ出てませんよっ。そら腹筋がムキムキと割れてるわけやないですけども、とりあえず縦に三本は入ってるし……」
 「うっすらと、な」
 ジュリアスはまだ睨んだまま冷たく言い放つ。
 「うっすらとちゃいますよっ! 結構ピシッと。若い成人男性が腹が減るのは仕方ないことやと思いますよ〜」
 「だが、こんな時間にカップ麺はいかがなものか……と思うのだ。小腹が空いて我慢ならないのなら、健康を考えるとスープの類か、温めたミルクあたりで……」
 「そんな幼児のオヤツやあるまいし」
 「深夜にそのようなものを食すのは良識ある大人のすることではない」
 「潔癖すぎます、ジュリアス様は」
 チャーリーは珍しくジュリアスに逆らう。
 「自己管理の事を言っているのだ。そなたは自分に甘い所がある。例えば、自分の腹を見る時、鏡の前で息を止めて見ているのであろう? だから腹筋がうっすらではないと言えるのだ」
 「そ、そ……んなことは……な……」
 ギクッとしつつ答えたチャーリーにジュリアスがさらに言い放つ。
 「そこで両手と両膝をついて這ってみるがいい」
 「え? そんなカッコしたら、そら重力に逆らえへんから多少は腹が……ギクッ」
 “ひ、ひぇぇぇ〜。四つ這いのポーズって、ジュリアス様が俺の事、抱かはる時の……。そんな最中に腹の事、意識して引っ込める余裕なんてあらへんやん。あの時、いつもジュリアス様の手は俺の腰にあるわけで、その触り心地……っーか掴み心地でタルタルがバレバレ?!”
 
 「このまま三十代を迎え代謝が下がれば、すぐにそなたの腹は、相当なことになるだろう。ここ一年のそなたのウェストの変化は、私が一番良く知っている」
 「あうっ」
 「よいか。そなたのウェストのサイズがこれ以上大きくなるならば、私はそなたに金輪際、指一本触れぬから、覚悟しておくがいい」
 
 麺を掴んだ箸が行き場を失ったまま、チャーリーは項垂れる。
 「こ、金輪際って……、指一本って……そこまで言わんでも……」
 「こうでも言わないと、そなたには効かない。少し運動した方が良いからとジムに誘っても、のらりくらりとかわすばかり。水泳を始める気になったことを嬉しく思っていたら、初日からこれだ」
 チャーリーは返す言葉もなく立ち上がると「捨ててきます……」としょんぼりとキッチンに向かった。
 「確かにジュリアス様の言わはる通りや……。多少食べ過ぎても、まあ、ええか〜、明日、少な目にしたらエエやん……みたいな調子やからなあ。シェイプアップだけのことやあらへん……。辻褄合わせは上手い方やから若いウチは何でもそれで乗り切れたけど、これから先、若いだけではすまへん事もあるやろなあ……」
 素直に反省しつつ、チャーリーは、生ゴミ処理機の中にふやけた麺を流し入れる。
 「食べ物を粗末にしてゴメンです……」
 子どもの頃、お残しした時に言わされていた言葉を口にした後、溜息がひとつ。
 「俺、ジュリアス様みたいに完璧にはなられへん。呆れられてしもうたやろなあ。いつまでたってもジュリアス様とは釣り合わん……。なんか落ち込むわ……酒に逃げたい気分……ってアカンやろ。今日はビールもしこたま飲んだ言うて叱られたばっかりやのに」
 ますます凹んでいくチャーリー。と、その時、キッチンにジュリアスが入ってきた。
 「あ……ジュリアス様、コーヒー、冷めてしもうたんですか? 淹れなおします」
 暗い表情をしていたのを取り繕いつつチャーリーは、新しいカップに手を伸ばそうとする。
 「いや。コーヒーは美味しく戴いた。カップを下げに来ただけだ。……チャーリー。さっきは、きつい事を言ったようだが、私はそなたが太る事以前に体が心配なのだ。あのようなインスタントフードは肝臓に負担をかけるし、塩分も高い。健康診断で、少し内臓に疲れが貯まっている数値が出ていたであろう。そなたは付き合いの席もあるから酒類の摂取量も多くなることもあるし、ストレスもあるだろう。……それに父上も急死されている。遺伝的な事があるから成人病には気をつけるようにとドクターからも言われただろう。少しだけ摂生を心がけてはくれないか?」
 ジュリアスは、先日行われた社内の健康診断で、今どき珍しい完璧な健康体と評価されていた。そんな彼から見れば、チャーリーのそれは、要注意事項が幾つもあり、それこそ棺桶に片足を突っ込んでいるように思えたのだった。ジュリアスの言葉に、チャーリーはウルウルしている。
 「ジュリアス様……俺の……俺のこと……そんな風に……」
 「食べ物を捨てさせてしまうことになったな……すまなかった」
 「ジュリアス様が謝ることなんて。俺が、俺がアホやったんですぅー。ありがとう、ジュリアス様、ピシッと言うてくれて」
 “そうや。忘れたらアカンやん、俺。ジュリアス様の理想は、美しさと賢さと優しさ……と笑い。生まれつきこの総てを兼ね備えた俺やけど、老化だけはいかんともし難い。美しさを保つ努力だけはしなアカンのや〜”
 ジュリアスの飴と鞭は効果絶大である。チャーリーはジュリアスにガッシと抱きつく。
 「今日は聖地でもジュリアス様の一言に泣かされて、またここでも泣かされてしもた。なんか情けない……呆れはった?」
 「いいや。それは私の言葉をきちんと受け止めてくれているからだ」
 チャーリーの背中を軽く撫でてやりながらジュリアスはそう言う。
 「俺は、言葉だけじゃなくて、ジュリアス様の全部を受け止めたいんや……。人格的にまだまだ軽いから俺。がんばります」
 チャーリーの脳裏にチラッと“そうっ、カラダもしっかり受けます!”というフレーズが思い浮かんだがここはグッと我慢して言わずにおいた。
 「そんなに気折らずとも、そなたはとても立派にやっている。ただ時々……な」
 ジュリアスは控えめに笑った。
 「軽かったり、調子に乗ったり、アホやったり……」
 「そこがまあ、そなたの楽しい所でもあるのだがな」
 「そら、困ったもんや……へへへ」
 「まったくだ……ふふ」
 二人は鼻をつき合わせて笑い合ったついでに、軽く唇を重ね合う。
 「うわあ、俺ら端から見たら、今、かなりイチャイチャした図と違いました?」
 「確かに」
 「えへへへへ〜、どんだけラヴラヴなんやろ〜、俺ら〜」
 チャーリーはそう言うとジュリアスの腕に絡みついた。
 「ジュリアス様、リビングに戻ってパズルの続き、しましょ。それともなんやったら違うパズルを寝室で?」
 「?」
 「寝室でするパズルは、たった2ピースしかないんですよ。はめるトコはココとココ……」
 ジュリアスのソコと自分のココに軽く触れながらムフフ顔になっているチャーリーをジュリアスは呆れて見つめる。
 「よくもまあ、そのような例えが出てくるものだな。そしてそれを口に出来るものだな」
 「いややなあ。俺のこと、下ネタスキーみたいに思わんといて下さいよっ。ジュリアス様やからこそ甘えて言うてるんですからねっ」
 「当然だ。パートナー以外にそのような事を言えば、逮捕されても仕方がないぞ。さて、そなたのいう所のパズルは遠慮しておこう。既に夕刻に完遂したのでな。私はリビングでヒヒンジュリアスとクラヴィスアマンドの死闘を完成させることにする。先はまだまだ長いようだからな」
 触れているチャーリーの手を笑いながら外し、ジュリアスはキッチンから出て行く。
 「おのれ〜、パズルめ。早いこと完成させんとジュリアス様の夜を占領されてしまうわ!」
 チャーリーはアタフタとジュリアスを追いかけたのだった。
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