二人の聖地出張は、チャーリーが密かに思っていたような守護聖たちとの涙の再会もなく実に淡々と終わった。だが、主星に戻った二人の心には、ほのぼのとしたものが残されていた。
主星外務省聖地管轄課に戻った時、聖地と時の同期化が成されていたお陰で、時刻は午後五時になろうとしていた。彼らは社に戻らず、頃合いを見計らって待機させてあったエアカーで、そのままウォンの館への帰路に着いたのだった。
「お帰りなさいませ」
といつものように執事が二人を出迎える。
「ただいま〜」
とチャーリーは、少しけだるそうな声で答える。本当はそれほど疲れているわけではない。ジュリアスの方は、朝、出掛ける時と同じ口調で、「ただいま」とスッキリとした声で言う。たとえどんなに疲れていても。
けれども執事は、ほんの僅かな違いで、本当の所はどうなのか……を見極める術を身に付けており、それに対応した言葉を掛けてくる。今日はお二人ともあまりお疲れでないようだし、明日は土曜日で余裕もおありだ……と執事は思う。そして、「チャーリー様、プールの改装と清掃は終わりまして、水も入っておりますのでいつでもお使いになれますよ」と明るい声で告げた。
「ホンマ?」
とたんチャーリーの背中がシャキンとする。
「プール?」
ジュリアスが尋ねる。
「裏庭にプールがあるんですよー。子どもの頃は毎日よう泳いでたんですけどね。大人になってからはぜんぜん。特にここ二年ほど使こてなかったから手を入れさせてたんです」
ジュリアスやチャーリーの私室がある別館が面しているのは中庭であり、それだけでも充分な広さがある。裏庭は、チャーリーがゴルフの練習に使うミニコースなどもあるが、ジュリアスは足を踏み入れたことの場所だった。
「俺もそろそろメタボ腹予防の為にもスポーツでも……と思って。そやけどジムは汗をダラダラかいてなんかしんどそうやし。水泳なら子どもの頃、スイミングスクールに行ってたからそこそこ泳げるし、大会でエエとこまで行ったこともあるんですよおー。そやから俺にとっては水泳が一番効率的かなーと思って、また始めることにしたんです。夜も泳げるようにナイター設備も完備してるし、夕飯まで、ちょっと泳ごかなー」
チャーリーは、クロールの手振りをしながら言う。
「それはようございますね、ロッカールームの備品も整えてございますよ」
「ありがと。そや、ジュリアス様もどうですか? どうせ、これから着替えてシャワーしはるんでしょ? それならシャワー代わりにひと泳ぎ」
「しかし、水着も持っていないし、水に入るのは久しぶりで……」
ジュリアスはいまひとつ乗り気で無いようだ。
「水着なら俺のが新品のまま何着かロッカールームにありますけど……。ジュリアス様、もしかしてプールに入ったことないとか、泳がれへんとか……」
「いや。泳ぎは、子どもの頃に教わっている。しかし随分長く泳いでいないので泳げるか……と思ったが、それでは確かめてみようか」
「なら、行きましょ、行きましょ〜」
チャーリーはジュリアスの背中を押し、執事に「小一時間ばかり泳ぐし、夕飯はそれからにしてー」と告げると、ロッカールームへと急いだ。玄関や応接室、パーティルーム、ダイニングルームなどのある本館を通り抜け、一旦中庭に出てから裏庭に入ると、こじんまりとしたログハウス風のロッカールームがある。
「最近はあんまり使ってなかったから、ここもちょっと改装させてたんですよ。山小屋風にしたんは正解やったな。感じエエわ」
チャーリーは、満足そうにロッカールームに入った。
「ほう。外観は自然な感じだが、内部はジムの設備のように合理的になっているのだな」
ゆったりとした大きさの長椅子が部屋の中央にあり、壁際にタオルや水着などの備品の入った棚と脱衣室がある。その奥に個室になったシャワールーム。余計な装飾はないが、使われている洗面台やシャワーの設備は最新のタイプだ。
「ええーっと……」
チャーリーは棚から水着を探す。
「お、なつかしいなー、こんなモンまでちゃんとクリーニングに出して保管してくれてるわ。大学時代に流行ったシマシマ模様のトランクスタイプの水着や」
チャーリーは笑いながら白と黒の縦ボーダー柄のそれを取り出した。
「ほう、そのようなものが流行ったのか?」
「ええ。今見たら、なんでこんなダサイデザインが一世風靡したんやろ……と思いますねえ。確かもっと地味なフツーのものがストックしてあったはず……」
チャーリーは引き出しをグイッと奥まで開けた。ひとつひとつキチンとパッキングされた水着が一目瞭然となる。スポーツメーカーのワンポイントマークが付いた無地のものをチャーリーは取り出した。
“あったあった。ジュリアス様にはやっぱ鮮やかなブルーかなあ。俺はグリーンにしとこか……ん? こっ、これは確か……”
チャーリーは一番奥から黒い水着の入ったパックを取り出した。
“……これは、シマシマの後に流行った黒い超マイクロビキニタイプのヤツや……。流行ったから買ってみたものの、競泳用でメッチャ体を鍛えてないと履きこなせへんのが判って結局いっぺんも履いてないシロモノ……”
チャーリーは、にやり……と笑うと、何食わぬ顔で振り返った。
「ジュリアス様、これどうぞ」
チャーリーは、ジュリアスも知っているであろうスポーツブランドのマークの入った部分をわざと見えるようにして手渡す。レッキとした競泳用水着をアピールするためだ。
ジュリアスは受け取ったものの、首を傾げる。
「うむ。……これは、私には小さいのではないか?」
「いや、収縮性がありますから。ちゃんとメンズのフリーサイズですよ。競泳用ですから水の抵抗をなるべく抑えるために少し小さめなんですよ」
嘘ではない、嘘ではないのだが……。
「では借りるとしよう」
チャーリーの邪な気持ちを知らず水着を受け取ったジュリアスは、脱衣室に入った。チャーリーはグリーンのビキニタイプの水着を選ぶ。ジュリアスに手渡したものに比べばいくぶん大きく、現在の男性用水着としてはスタンダードなシルエットのものだ。チャーリーがいそいそと着替えを済ませ脱衣室から出ると、プールへ続く扉が開いていて、そのサイドでストレッチしているジュリアスがいた。チャーリーが期待したとおりのシルエットがライトに照らし出されている。黒い小さな水着は、ジュリアスの腰骨の下辺りまでしかなく、後ろも絶妙な位置に留まっている。体の最重要部分を必要最小限覆っているだけに過ぎない。
“おおぅ……思たとおりのセクシーさや……さすが超マイクロビキニ、エエ仕事しよる。くーっ、あの腰骨から続くライン〜、ヒップも後五ミリ下がってたら半ケツってところを死守してるぅぅ〜、それがなんとも〜、あーー、これ以上見たらアカンわ……早いことプールに飛びこも!”
チャーリーは、手足をぶるぶると振り、形だけの体操をすると、丹念にストレッチしているジュリアスの横をすり抜け、一気にプールに飛び込んだ。
「ほう。さすがに幼少の頃にきちんと習っただけあって素晴らしい飛び込みだな」
とジュリアスが感心する。久しぶりに入るプールなのに、ジュリアスの視線があると思うと調子づくチャーリーは、全力のクロールで泳ぐ。ジュリアスは、それを見ながら、しずしずとプールの端の梯子から水に入ると、水の感触や、自身の手足の動きを確かめるようにツツツーと泳ぎだした。ジュリアスがプールの半ばほどまで泳いだ時、派手な飛沫をあげて泳いでいたチャーリーがプールの端から折り返して戻ってきた。
「ふーっ、久しぶりやけど、まだまだカンは鈍ってないでー。ジュリアス様も気持ち良さそうに泳いではる……え?」
水面をほとんど揺らすことなくジュリアスは静かに静かに泳いでいく。……というより移動しているように見える。まるで水中でリハビリをするように歩いているかのようだが、それにしてはスピードがあるのと、顔が横を向いていて、手が前方にスッと伸ぴた後、水を押さえるようにしつつ掻いている。
「こ、古式泳法?!」
チャーリーは唖然としつつそれを見つめた。昔、こういう泳法もあるとコーチに見せて貰ったことがある。ジュリアスはマイペースで折り返した後、向こう側のサイドにいるチャーリーの視線に気づき、スピードを上げた。
「そなたのように豪快に泳げると良いのだが、私はこれしか出来ないのだ。聖地では水泳はあくまでも湖や川で何かあった時の護身用として教わったので」
ジュリアスは、五十メートル泳いでもまったく息も上がっていない。
「いやあ、ちょっとビックリしましたけど、無駄な動きがぜんぜんあれへんし、なんぼでも泳げそう。それにジュリアス様が泳いでると、ものすごーエレガンスや。ちょっと俺もマネしてみよう……」
チャーリーは同じように横向きになって泳ぎ出す。が、どうも体の水平が保てず頭が上下してしまう。その拍子に呼吸のタイミングがずれ、思い切り鼻から水を吸い込んでしまった。
「ぐぅぅぅぅ〜、痛ぁぁ〜。くぅぅ、幼稚園の時、既に四泳法をマスターし、初等科の時は、カッパのチャーリーとまで言われた俺の息継ぎを失敗さすとは、恐るべし古式泳法!」
鼻を摘んで悶えるチャーリー。
「私はそなたの泳ぎ方の方が格好が良いと思うぞ」
「そ、そう言うてくれはるなら……やっぱり俺はクロールで」
その後、二人は、小一時間ほど対照的に泳ぎ続けたのだった。
「ふー、久しぶりやのに結構マジに泳いでしもた〜。これは明日、筋肉痛やなあ」
「夕刻にあのようにライトアップされた中を泳ぐのは気持ちの良いものだな」
二人は満足げに話しながらロッカールームへと引き上げる。
「あ、ジュリアス様、こっちのシャワールームを使こて下さい。ゲスト用でちょっと中が広めになってますから」
個室タイプのシャワールームの扉を開けて、チャーリーが言う。シャワーと洗面台がついていて洗顔などがしやすいようになっている。
「では、使わせて貰おう」
ジュリアスがシャワールームに入ると、チャーリーが「ほな……」と言って一緒に中に入った。ジュリアスは「どうした?」と首を傾げる。
「俺も一緒にここでシャワーするんですぅ」
「隣のシャワールームを使えばいいではないか……」
とジュリアスはそう言った後、躙り寄ってくるチャーリーを見て「まさか……そなた……そう言う……ことか?」と呟いた。
「そーゆー事です」
「ならぬ。このような場所で!」
「また房事は寝室ですべきものだ……とか何とか言わはるつもりですか?」
「そ、そうだ」
抱きつかんばかりのチャーリーを交わしつつジュリアスは言う。その時、チャーリーの動きがピタリと止まった。
「ジュリアス様が、ここまで環境問題に関心が無いとは知らんかったです。ちょっとショックや……」
と呟いた。
「このような場所で行う房事と環境問題とどのような関係があると言うのだ!」
「そやかて、今ここでなら事が済んだ後、シャワーすればそれでお終いやけど、後から寝室で……となると、今と、事の前と、事の後と、三回もシャワーを浴びることになりますよね? ものすごー水の無駄使いや。それに服も着たり脱いだりせなアカンけど、今やったら裸同然やないですかー」
そう真顔でいうチャーリーに、ジュリアスは馬鹿らしくて返す言葉がない。
「またアホな事を言うてる……と思てはるんやろけど、ご自分のセクシー水着姿をそこの鏡で確かめてみてください」
「なにっ」
ジュリアスは振り向き、洗面台の鏡を見る。自分の体だから特にどうとも思わないものの黒いスイムパンツはやはり小さすぎるように思う。
「これはそなたの貸してくれたものだ……」
「ちょっと刺激的すぎたと反省はしてます。が……見てしもたモンはどうしようもないです! ガンガンと泳いで邪心をふりほどこうとしたけどプールから上がったら……もう……この有様で……」
チャーリーは己の股間を指さす。伸縮性のある水着で良かった……と思うほど張りつめた部位。いつになくチャーリーは強引に体を擦り寄せ、ジュリアスはついに壁際へと追い詰められた。
「エエでしょ……今……ここで……やっても……、ジュリアス様かて……」
チャーリーの手は、ジュリアスの体の説得にかかっている。
「しかし……このような場所で……横たわりもできないのに……どう……やって……」
「やってみたらなんとかなるんですぅぅ」
“そうやでー、結構立ったままとかでもできるんやでー。いっぺんお試し済み……って、これはジュリアス様にはナイショナイショ〜”
社長就任時にグレて遊んだ経験がこんな所で役立つとは……と思うチャーリーである。一方、チャーリーと深い仲になって以来、多少のシチュエーションの違いはあれど、房事と言えば、基本的には薄紗の垂れ下がった天蓋付きの寝台でいたすもの……と思っているジュリアスは、強引なチャーリーにどうしたものかとまだ戸惑っている。
“ジュリアス様は、理性が勝ってるタイプやから、どうしても引けてしまうんやな。そやけど、ジュリアス様がこういうことに淡泊やないことは俺が一番よう知ってるでっ。ここは強気でプッシュプッシュや〜、チャーリーの泣き落とし大作戦〜”
「やっぱり……こんなトコではダメですか? もう俺……こんなやのに……」
しょんぼりしてチャーリーは一旦、ジュリアスが離れた。
“確かにチャーリーの言う通り、私とて……。クッ……こんな状態で何も無かったようにシャワーを浴び着替えた所で気持ちは落ち着かぬままだろう。もしここで致してしまえば、すっきりとし、食事も楽しめるだろうし、休日前の夜、読書や音楽鑑賞をゆっくり楽しむことも出来る……”
ジュリアスは心を決めた。
「いたしかたあるまい……」
その一言の【るまい】辺りでチャーリーは既にジュリアスの腕の中に逆戻りしている。
“やったーっ、粘り勝ちやー。むふふ、あの超マイクロビキニ水着を引っ剥がすでぇぇっ。腰骨のトコからツツ……と指を掛けてジリッジリッと……うわ、めっちゃテンション上がるぅぅ〜”
とジュリアスの水着に手を掛けようとするチャーリーだが、既に主導権は、ひとたび【いたす】と決心したジュリアスにある。チャーリーが妄想にうつつを抜かしている数秒の間に、既にチャーリーの水着は足首にまで落とされているし、ジュリアスは堂々たる全裸になっている。
「ひ、ひゃ……あ、ちょ、ちょっと、待っ……」
「この後に及んで何を待てと?」
「いや……その……あ……あ〜」
妄想を司るチャーリーの前頭葉はホワイトアウトしてゆく。ただジュリアスの指がなぞるその部位に全神経が集中できるように……。
ゆったりとした古式泳法で体を解すように泳いでいたジュリアスと、久しぶりの水泳にもかかわらずパワー全開のクロールで泳いでいたチャーリーのHP残量の違いは
あきらかだった。ジュリアスに背中から抱きしめられたチャーリーは、何度も膝カックンになる。仕方なく、洗面台のシンクに伏せるようにしてジュリアスを受け止めるチャーリー。
“なんか……洗面台で朝シャンしてるみたいなポーズで情けな……、あ、はふぅぅ〜”
と思いつつ、ジュリアスに突かれる度、チャーリーの頭はシンクの中へと入っていくのだった。
後にこの時の事は、チャーリーの中で【俺とジュリアス様の四十八手(もちろんそんなには無いのだが)・朝シャンのポーズ】として心に刻まれることになる。
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