“……なんや……楽しかったやん……”
と帰りのエアカーの後部座席に座ったとたんチャーリーはそう呟いた。
“そういえば、女性と二人きりの食事なんて何年ぶりやろ……えーと……確か……ウォンの総帥になって……忙しぃてあの時、付き合おうてた彼女と気まずなって……時間をやっと作って逢うたレストランでフラれて以来や…………あの後、フリーになった気軽さと仕事のストレスで、だいぶ遊んだな……酔っぱらって、そして朝! 何回あったかわからへん……超美形の少年が隣で寝てた時はビックリしたで……あはは……いや、まさに若気の至り……ハァ……”
溜息まじりにしみじみと昔を思い出すチャーリーだった。
“それに比べたら今夜は……確かにウォン財閥総帥の俺としては、まっとうな大人の出逢い方ではあったなあ。アマンド公……嫌みなだけのジジイというわけでもなさそうやし……………………………………………………ああっ、なんちゅーことや!”
チャーリーは思わず頭を抱え込んた。一瞬、マルジョレーヌを連れてバージンロードを歩いてくるアマンド公に、嫌みを言われつつも彼女を託される花婿の自分を想像してしまったのだった。
“ジュリアス様というお方がありながら、つい想像してしもうた……こっこれは立派な精神的浮気カモ……、違うんです、俺って前頭葉が人より異常発達してるから、あらぬことまでソッコーでイメージしてしまうんですぅぅ〜。別にそうありたいという願望やのうて、これはあくまでも何というか……えーっと、えーっと……”
自分自身に必死で言い訳をした後、チャーリーは気を取り直して、座席の全面に埋め込まれているコンピュータに触れた。
エアカーでの移動中にも各種の情報を得られるように特別に作られたものだ。軽い電子音の後、画面上に、ウォングループの社章であるヒヒン軟膏を思わせる小瓶の上に立つ馬が現れる。
検索サイトを呼び出し、幾つかの調べ事をしたチャーリーは、画面を切り替え、アマンド公爵へ今夜の御礼メールを入れることにした。あらかじめ用意してある様々なメールのテンプレートの中から状況に合うものを選び出し、名前や場所の部分を適当に変更する。極めて簡素な卒のない文面に、自分でも嫌気がさす。マルジョレーヌが最初思っていたような女性ならば、そのまま送信することに何の良心の呵責もなかったが……。
チャーリーは、文面に手を加える。食事が素晴らしいものであったこと、ワインとお茶のチェイスに感激したこと、そしてマルジョレーヌがとても美しく素晴らしい女性でお目にかかれて光栄だった……と。
やがてエアカーは主星星都上空を北部へと横断し郊外地区へと入る。賑やかな街灯りが少なくなり、街路樹
の黒々とした木々の影がある空間が眼下に見え始めた。前方に林、そしてその向こうに壮大な館の灯りがチラチラと揺れている。実はその林もウォンの館の敷地内ではあるのだが。
ちょうどその頃、ジュリアスは、読んでいた本から目を離して時計を見た。午後十時半……。
“この時刻までチャーリーが戻って来なかったということは、マルジョレーヌ嬢との食事は滞りなく進んだということだな。後はチャーリーが何とか怒りを露わにせずに帰宅してくれれば何よりだ……”
コーヒーでも……と思い、ジュリアスは私室から居間へと出た。ウォンの館は本館と別館に別れている。チャーリーとジュリアスが使っているのは別館ではあるが、各々の私室の他にジムやジャグシー、シアタールームなども備えたかなりの広さな館である。夕食を終えると執事や使用人たちは別棟の私室へと引き上げてしまうため、館内はシン……と静まりかえっている。今夜はチャーリーがいないので、その静けさが増幅したように感じるジュリアスだった。キッチンへと続く廊下を歩いていると玄関ホールの方で微かに物音が聞こえた。続いてこの居間へと続く扉を開けた音がし、チャーリーの足音が
した。廊下の角を曲がったチャーリーは、キッチンの扉の前にジュリアスを見つけ、「ただいま……ですぅ〜」と言った。
「お帰り。うむ、怒ってもいないな。良いデートだったようだ」
デート……という言葉を使うと、チャーリーは嫌がるかも知れないが……と思いつつそう言ったジュリアスに、チャーリーは、突っかかりもせず「はい〜」とやんわりと答えた。と次の瞬間、チャーリーは、ほんの一瞬ジュリアスから目を逸らした。
「……ちょうどコーヒーを飲もうと思っていた所だ。そなたもどうだ?」
“気のせいか? チャーリーの様子がおかしい……今、目を逸らした?……疲れているのだろうか?”
そう思いながらジュリアスは言った。
「あ、俺も欲しいなーと思ってトコ。俺が淹れますよ」
「いや、私が淹れよう。この時間だ……少し薄めにしておこうか……、そなたは居間でニュースでも見ているといい」
ジュリアスはキッチンへと入り、チャーリーは「お言葉に甘えて〜」と言いつつ居間へと向かった。
寝そべって手足を伸ばしてもまだ余りあるほどの広々としたソファに腰かけたチャーリーは、ネクタイとカウスを外すと、テレビのスイッチを入れた。次期、主星議員選についてのニュースをやっていた。
『ナッツ代表議長が来期も続けて選任されるのは間違いないと思われますが……、しかし、このデータによると……』
キャスターがそう言ったところで、画面は議長の映像から、キャスター自身へと切り替わる。豊かな表情と知的な雰囲気が、先程まで一緒だったマルジョレーヌによく似ている
。もっともこのキャスターの方がマルジョレーヌよりも二十歳ほど年上のようで年を重ねると彼女もこんな風かな……とチャーリーはふと思う。
コトン……、とチャーリーの目の前にコーヒーが置かれた。
「うわー、ええ香りや〜。ありがとう、ジュリアス様……」
チャーリーは、カップを持ち上げ、クンクンと大袈裟に匂いを確かめた後、口を付けた。
そして……。
「ええっと……マルジョレーヌさんは……」
チャーリーはコーヒーカップに視線を落としたまま言った。
「ん?」
「エエ人でしたよ。高飛車な事なんてぜんぜんない、知的でユーモアもあって可愛い美人さんでした」
チャーリーのやんわりとした話し方に、ジュリアスは本当に彼が心からそう思っているのだと感じた。
「あれこれと話して……食事もお酒も最高で……楽しかったです」
「ならば、何よりであった」
ジュリアスはそう言い、コーヒーを飲んだ。二人の会話が一旦途絶え、テレビのキャスターの声だけが居間に響く。
「ジュリアス様、あのね……俺、マルジョレーヌさんがとても気に入りました。近来稀に見る好みのタイプ……性格もルックスも。俺の出逢った女性の中では一番
かも」
真剣な顔をして、今度はジュリアスから目を外さずにチャーリーは言った。ジュリアスは、微かに疼いた心の痛みを隠してチャーリーの次の言葉を待つ……。
|