〜サバイバル キット〜


 というわけで、ヴィクトールとオリヴィエは、惑星トラジャに降り立ったのであった。

「……ヴィクトール、ホントにここで間違いないんだろうね?」
 降り立った場所が、本当に密林状態だったので、オリヴィエは引きつりながら、涙さえ浮かべるような眼差しで、ヴィクトールに尋ねた。

「エルンストの話ですと、次元回廊の微調整が効かないそうです。やはり取っ手のひび割れが原因のようですな。座標が0.01狂っただけでも、実際には数メートルの誤差が生じますから……。私が前に惑星調査の為、軍機で、降り立った時に見つけたカラーシレンコォーンらしき岩場との誤差を、計算してみます……」
 ヴィクトールは、そういうと、自分の腕時計に着いている小さな計器をチェックし出した。

「方向的には間違いはありません、ただ少し距離に誤差がありました。少し歩かないといけません」
 ヴィクトールは腕時計を見ながら答えた。方位計装備の厳つい腕時計を、オリヴィエは、あきれながら覗き込んだ。

「重そうな時計……うわ、この目盛りってば、もしかして、これ湿度とかも判るようになってンじゃない? どっか押すとナイフとか爪切りとか出てきそう……」

「爪切りは出ませんが、ナイフなら、ここをこうすると……」
 カチッと音がして、ごく小さなナイフが飛び出した。

「マジ……? ああっ目眩がしそうな腕時計……それって軍の支給?」

「はい、対内陸戦用のものです。もちろん普段はしませんが、今回は、護衛ということでしたので」

「護衛ねぇ……いらないって言ったのに……ジュリアスのヤツ」

「まぁ、そう仰らずに。万が一ということもあります。さぁ、急ぎましょう」
 ヴィクトールはオリヴィエの前の枝を払いのけた。

 遠くでキラリと何か光った様に感じた彼は、ポケットから薄いプレート状のモノを何枚か取り出した。それは手帳ほどの大きさで薄さは、プレートによってマチマチだったが、概ね一センチ以下のものだった。そのうちの一枚を選ぶと、ヴィクトールは、慣れた手つきでカチャリとロックを外すと、そのプレートは、折り畳み式の簡易な双眼鏡に早変わりした。

「ああ、光ったのは、湖面ですよ、オリヴィエ様、岩場も見えます、ついたようですね」
 オリヴィエとヴィクトールが、しばらく歩くと、森林が途切れ、眼下に小さな湖が広がった。

「うわぁぁ、綺麗なとこじゃないかー」
「本当ですな。この湖沿いに、歩けば、私が以前に見た岩場に辿り着けるはずです」
 ヴィクトールは、大きく深呼吸をするとそう言い、オリヴィエが歩きやすいように、雑草を踏み分けつつ、先に歩いた。

◆◇◆

 ヴィクトールの言っていたその岩場につくと、オリヴィエは感嘆の声をあげた。切り立った崖一面が虹色に輝いていたのだ。

「カラーシレンコォーンに間違いありませんか?」
 ヴィクトールは、崖の壁面に頬ずりをしているオリヴィエに声をかけた。

「ああ、間違いないよ〜。すっごく綺麗〜」
「私にはただのグレーの岩にしか見えませんが……」
 ウィクトールは、そう言うと、持参したケースの中から、石切用の道具を取り出して組み立て始めた。

「少し大きな音がします。お下がり下さい」
 そう言うと、ヴィクトールはアッという間に壁面から30センチ角のカラーシレンコォーンの固まりをくり抜いた。

「ね、ヴィクトール、ちょーっちだけ、これくらいでいいから別に切り取ってくれなぁい?」
 オリヴィエは、指で四角を作りながら、ヴィクトールに躙り寄った。

「それはできません」
 キッバリとヴィクトールはそういうと、早々と、石切の道具を仕舞いにかかった。
「エルンストにもジュリアス様、ルヴァ様にも私用での採取はならないときつく言い渡されております」
「なんでだよ〜こーんなたくさんあるんだもん、ちょっちくらい」
「カラーシレンコォーンはただの宝石とは違います。未知の部分も多い。何らかの変化によって、危険なことになるかも知れません。それに、倫理的観点から言っても……」
「だからワタシ一人で来たかったんだよ〜」
 オリヴィエがふてくされてそう言った時、彼らの背後で叫び声がした。

「泥棒ーッ、石泥棒だーっ」
 その声に、オリヴィエとヴィクトールは慌てて振り返った。

 声の主は、まだ幼い子どもで、長い髪はしているものの服装の様子から男の子だと判った。民族衣装風の軽やかな布をふわりと肩から腰あたりにかけて纏い、首から、カラーシレンコォーンで作った細かな細工のペンダントをしていた。オリヴィエの目はそこに釘告げになった。

「見てみなよ、ほらっ、あんな小さな子が首から、カラーシレンコォーンのペンダントしてるんだから安全だよ、すっごい細かい彫り細工がしてあるよ……ねぇ、それみせて〜」

「何仰ってるんです、オリヴィエ様。そんな場合じゃないでしょうっ。ぼうや、おじさんたちは石泥棒ではないんだ。これには事情があるんだが……」
 ヴィクトールは生真面目に説明しようと試みたが、怯えた子どもは後ずさりしている。

「おじさんたち……たちってトコにすごぉぉく引っかかるワタシ。とにかく、坊や、ワタシたちは石泥棒じゃないからね。もしもこの石に所有権とかあるんなら、ちゃんとお金はお支払いするし。ね、この岩場の持ち主を知ってるなら、教えて?」

 オリヴィエは、子どもに躙り寄りながら、穏やかにそういうと、彼の目線に合わせてしゃがんでやった。

「石、とても神聖。皆のモノ、村のモノ……」
 小さい声で子どもはそう言うと、今にも泣きだしそうな顔をした。

「そうかぁ、じゃ、村のね、エライ人のとこに案内してくれるかなぁ、石を貰ってもいいかって、相談するからねー。ん〜とっても綺麗だね〜、このペンダント、いいなー、誰が作ったのかなー?」
 オリヴィエは何気なく子どものペンダントに手をかけた。

「ヒッ!」
 と子どもは身を竦めながら、逃げだそうとした。ペンダントを吊していた革ひもがスルリと緩んで、子どもの首から取れた。

「泥棒……泥棒、石、取った。首飾りも取ったーっ」
 子どもは泣きわめきながら、一目散に、森の方へと逃げて行った。

「あ、待って、待ってったら〜ああ〜行っちゃった」
 オリヴィエは自分の手の中に残されたペンダントを見つめながら溜息をついた。

「仕方ありませんな。あの子どもの逃げて行った方向に行ってみましよう。村長のようなものがいたら交渉してみましょう」

 ヴィクトールとオリヴィエは、再び森の中へと戻って行った。だが、足取りは遅い。行きと違って、ヴィクトールはカラーシレンコォーンの固まりを持っていたからである。

「思ったより質量がありますな、この石は」
「そうだね、このペンダントも小さいのに、ずっしりとした手応えがあるよ。もしかしたら、あの子、村では身分ある人の息子だったりするんじやないかな。こんなペンダントをこどもなのに付けてるんだから。ちゃんと誤解がとければいいけど……あれ? なんか物音がしない?」
 オリヴィエは耳を澄ませてみた。遠くからザワザワと人の近づいてくるような音がする。

 ヴィクトールはまたもやポケットから、例のプレート状のモノのうちの一枚を取り出し、蓋を開けると中から、アンテナを引き出して、プレートごと耳に押し当てた。そして神経をそこに集中した。

「! オリヴィエ様、大変です。村人が集団になって我々を捜しています、隠れましょう」
 はじけるようにヴィクトールはそう言うと、オリヴィエを促し、引き返そうとした。

「なんだって? 事情を話せば……」
「ダメです。連中は武器を持っていて、見つけ次第殺すと言ってます。先ほどの子どもはやはり村長の息子のようです」
「その機械って、遠くの会話まで聞こえるの?」
「はい。半径3キロ以内の会話を確実にキャッチします。かなり殺気だっています。我々の事を説明するにしても、大人数でいきなり武器を振り回されては手だての仕様がありません。ひとまず聖地に戻り、後日改めて事情を説明しに来てはどうでしょうか」

「次元回廊を開きたいけど、連中近くまで来てるの?」
「そうですね……声から判断するとかなり……」
「回廊を開く時に、発生する空間の歪みに取り込まれたらやっかいだから、ここじゃ無理だね。どっか確実に人気のないとこじゃないと。
それに鳥もいっぱいいるし……」
 オリヴィエは、少し上にある、草や葉を組み合わせて作った鳥の巣らしい固まりを指差した。

 ヴィクトールは、また胸ポケットからプレートを取り出した。慣れた手つきは先ほどと同じで、そのプレートの細かいスイッチを捜査しながら、クルリと四方を探るように歩き回った。

「ああ、ありました。こちらです」
 ヴィクトールは、鬱蒼と茂る緑の中にオリヴィエを押し込んだ。

「うわっ、ち、ちょっとっ、やめてよっ あ、あれっ? 何これ……中は空洞? 洞穴?」
「垂れ下がった蔦がちょうどカーテンのように茂っていたんです」
「よくわかったねぇ、こんな場所があるって……」
「センサーですよ、空気の流れから空間を把握出来るんです。持って来て良かった」
「は〜ホント、サバイバルグッズって役に立つんだね〜、この洞穴、案外、中は大きいよ……」
 オリヴィエは、闇に包まれた洞穴の奥に目を凝らして言った。

「そうですね……センサーの数値から見ても、洞穴というより、洞窟と言った方がいいような大きさです。お待ち下さい。私が先頭になります」

 ヴィクトールは、今度は、ライターをつけて、オリヴィエの前に回った。
「それくらいワタシにもわかるさ。火が付いてるのは、空気があるって証拠。炎が揺れてるのは、奥に向かって風が通ってるってことだよね〜」

「そうです……あ、お待ちください」
 ヴィクトールは、奥に向かってしばらく進み、空洞が、少し広くなった場所で立ち止まった。ヴィクトールは、風に吹き消されそうになっているライターに見切りをつけ、また胸のポケットからプレートを取り出した。

 オリヴィエは今度は何かと覗き込んだ。ヴィクトールはプレートの表面についているスイッチをカチカチッと押した。すると、ぼんやりとその表面が輝きだした。

「発光ボードです。三時間は持ちます」
「その一連のプレートいったい何枚あるのさ」
「双眼鏡になるもの、音声探知機、空間探査のセンサー、この発光ボード、……五枚で一組です」
「残りの一枚は何なの?」
 とオリヴィエが尋ねたその時、ガソゴソっと草場を踏みしめる音が洞窟内に響いた。

「シッ。連中に見つかったようですな。仕方ありません……。いいですか、私が連中を食い止めますから、オリヴィエ様は、洞窟の奥に走って下さい。さきほどの空間探査センサーによると、奥にかなり広い空洞があります。そこなら次元回廊が開けると思います」
 ヴィクトールが言い終わると同時に、激しい罵倒の声が響いた。

「いたぞ!よくも神聖なるカラーシレンコォーンを! その上、王子のペンダントまでもっ盗むとはっ」
 村人たちの怒りの声に、責任を感じているオリヴィエは思わず前に出た。

「ペンダントは返すよ、悪かったってば、だけど、どうしてもこのカラ〜シレンコォーンは必要なの。わかって……」
 オリヴィエの言葉を最後まで聞かず、先頭に立っていた男は鏃の先で、オリヴィエの腕をつついた。

「うっ」
「オリヴィエ様ッ」
 とオリヴィエが呻いたと同時にヴィクトールはオリヴィエの前に出て、小型のエアガンを構えた。

「ダメだよ、ヴィクトール。この人たちが悪いんじゃないんだ」
 オリヴィエはそう言うと、ヴィクトールを押しのけた。

「ごめんね、皆。いつかきっとアンタたちのとこに謝りにくるから、とりあえずは聖地に還らせてね」
 オリヴィエの髪が、ふわり……と浮いた。その回りを紗のような靄が、小さな龍のように螺旋を描きながら拡がってゆく。

「夢のサクリア……?!」
 ヴィクトールは初めて間近かで見るサクリアに一歩、身を引いた。

「サクリアはね、ホントはこんな風に使うものでもないし、目には見えないんだけど、もしもの時、守護聖の身を守るシールドでもあるんだよ……」

「まるで、ATフィールド……」
 ゲンドウは……あ、いや、ヴィクトールは呟いた。

(アンタッ、そりゃ、作品が違うよッ)
 とオリヴィエは、ツッコミたいのをグッと堪えた。

 一方、男たちは、それ以上、オリヴィエに近づけないでいた。口々に、この奇跡に何かを言おうとするのだが、それさえもままならない。

 オリヴィエの背後にいて、サクリアを浴びなかったヴィクトールでさえ、唖然として立ち尽くしていた。

 オリヴィエは、例のペンダントをそっと地面に置いた。

「これは返すからね。、さあ、今の間に奥へ、走ろう、ヴィクトール行くよッ」
 オリヴィエに促されて、ヴィクトールはようやく我に返った。

 洞窟の奥、一段と広くなった場所で、オリヴィエとヴィクトールは、次元回廊を開いた…………。

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