|  1 ゼフェルは少し考えて結局、マシンのパワーを全部【ON】にした。小さな電子音が鳴り、モニターが目覚める。そして無機質な男性の声がした。 『おはようございます、ボス』「ああ、エディター立ち上げてくれ」
 ゼフェルは靴下を履きながらモニターに向かって言った。
 『その前に、そろそろスキャンディスクをなさいませんか? Cの区画が荒れております』「急いでるんだ、それはオレの留守中にやっとけ」
 『承知しました……エディター立ち上げました……新規ファイル作成ですか?』
 「ん。タイトルは 惑星affのYUKI.J計画についての報告書……」
 『かしこまりました。このまま私が入力し続けましょうか?』
 「いや、オレがする」
 ゼフェルは靴下を履き終えると、キーボードに向かった。
 『今朝は指が冷とうございますね……』キーボードに触れたゼフェルの指先から体温を感じ取ったマシンがすかさず言う。
 
 「ああ……寝不足かもな……ホントなら、バックレたいとこだけどよ」
 『バックレたい……類似語サーチ……バック入れたい……助詞不足……自動補正……バックに入れたい……したいのですか? 私ではご意向に添えかねますが、何か画像でも用意いたしましょうか?』
 エディターの画面の横にすがさず、インターネットブラウザーが立ち上がった。お気に入りのサイトの【アダルト】の部分が即座に表示される。
 
 「バカヤロー、閉じろよ、そんな事してる場合じゃねーって。仕事なんだよ、朝一番にこのレポート出さないと。惑星affのマザーコンピュータがハングして大パニックになってんだ。一応、王立研究院の連中を派遣させて、予備システムで稼働させて様子を見てんだけど。研究院のヤツらも、ずっと残業でヒィヒィ泣いてるから、さすがのオレでも、ちょっとマジになって報告書出すことにしたんだ」
 『一部……不可解な修飾語あり……ヒィヒィ泣く……過去のデータから自己学習します……データ0125687888……69件ヒットしました……意味……いたぶられて泣く……真意……音声にするには憚られるようですが、お望みならば、言いますが……』
 「うるせーってば、言いたいなら言えよ」
 ゼフェルは、マシンの音声の事はあまり気にせず、報告書をうち続ける。
 
 『はい……では学習した部分を引用いたします……
 「ああ、もうダメだ……早く」
 「まだまだだぜ……もっと」
 「いや我慢できないよ」
 「ふふ、可愛いな、ぼうや。ほらっ、どうだ」
 「あ……ああっ、はぁはぁ」
 この最後の部分がヒィヒィ泣くの真意ではないかと思われます。間違っておりましたらばご訂正下さい』
 「い、一体、何のファイルから引用しやがったんだよッ。…ったく、自分で作ったシステムとはいえ、賢いんだか、バカなんだか……ヒィヒィ泣くもバックレるも帰ってきたらジックリ教えてやるから、とりあえず今、学習したとこは消せ」
 『承知しました』
 ゼフェルはモニターの角に表示されている時刻を確かめると、音声モードをチェンジするコマンドを打ち込んだ。そしてまた一心にキーボードを叩き始めた。執務室に行く時間まで10分。それまでにこの報告書を仕上げなくてはならない。
 
 『もうそろそろ9時になる。執務室に行く時間ではないのか?』
 とふいにモニターの脇のスピーカーからジュリアスの声がした。
 
 「モノホンのアンタへの報告書だ、これが出来なかったらまた、うっせー事言われるんだよ〜」
 ゼフェルの呟きを高感度マイクが拾う。
 
 『そうなのか、それではしようがない。早く仕上げてしまうがいい。』
 ゼフェルはモニターから目を離すことなく、キーボードを叩き続けた。
 
 『しかしキータッチが荒すぎる。そのように乱暴に私を扱うでない』
 ゼフェルはその声を無視した。
 
 『そのように私をいたぶるのは止せ』
 ゼフェルはニヤリと笑うととがった鉛筆の先をモニターに向けた。
 
 『クッ……止めろ、ゼフェル、私を誰だと思っているっ』
 「ジュリアス・モードだ。オレのシモベだ、そうだろ?」
 ゼフェルは鉛筆の先でENTERキーを押した。
 
 『ああ、確かに私はそなたの僕だ……ああっ、何をす…る。そんなもので私を突くとは卑怯な……』
 「黙ってろ、タコ」
 『この私に向かってタコと! 聞き捨……』
 と、そこで音声は一瞬途絶えた。ゼフェルはタスクバーメニューの中から、ジュリアスモードを解除し、ランダムと書かれた所をクリックした。
 
 『……てならないわ。んもぅっ、ゼフェル様ったらぁ』
 「あ、ワリイワリイ〜」
 音声はアンジェリークのものに切り替わっていた。ゼフェルは調子よく謝りながら、尚もキーボードを叩き続ける。
 
 『あっ、痛ッたーい、ゼフェルさま、もっと優しくして……』
 「な、何をおめーは誤解されるよーなこと言う……ハッ……バカか、オレ」
 ゼフェルはようやくキーボードを叩くのを止めて、指をパキパキと鳴らしながら欠伸をした。
 
 『ゼフェルさまったらまた夜更したのですね』
 とマシンはすかさず、ゼフェルの様子をキャプチャーしアンジェリークモードで返してくる。
 
 「う〜ん、そこは”夜更かししたのですね”、じゃなくて、アイツなら、”夜更かししたんですねぇっ”ってトコだな。アンジェの分はデータ不足だ、もちっと集めなくっちゃな」
 『ごめんなさい、ゼフェルさま』
 「あやまんなよ、おめーのせいじゃないだろ」
 『でも……』
 「やれやれ」
 ゼフェルは困った顔をして、再びモードを切り替えた。
 
 「さぁてと、報告書はなんとか出来たぜ、出掛けっか、やべ。15分遅刻だ」
 ゼフェルはマシンを待機状態にし、部屋を出た。マシンは何も話さなかった。
 ただモニターには『あ〜ゼフェル、寄り道してはいけませんよ〜』と表示されていた。
 
 
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