あのデータの事か……とジュリアスは、今朝一番に研究院から提出された書類の束を思い出した。今γ星系の一部で起こっている一連の天災のパターンは、β星系で過去に起こったそれと酷似しており、連鎖災害を防ぐためにもデータ
を急遽用意せよ、と命じたのは昨日の午後になってからだった……とジュリアスは思い出す。
「いたしかたなかったのだ……」
とジュリアスはゼフェルに事態を説明しようと向き直った。が、ゼフェルは頭をガクリと落としたまま、寝息をたてていた。
「このような所で……」
ジュリアスは溜息をつくが、起こしはせずにそのままにしておいた。
やがてその十分が過ぎ、この部屋で待たされてからもうすぐ小一時間になろうとしていた。ジュリアスは横で完全に眠ってしまったゼフェルを見た。項を垂れたままの姿勢で眠る事に疲れた
彼は、今度はソファの背に仰け反り寝ていた。
(なんと心地よさそうに眠っているのだろう……私室の寝台の上でもないのに……)
と思うと、羨ましさがジュリアスの心に広がった。ジュリアスも疲れていた。女王交代から新宇宙の誕生、とその後、また女王試験と続き、その間も現存する主星内では天災や人災が相次ぐ。全てが守護聖の介入する事ではないにせよ、打つ手があれば、より良い方向に導くのが我らの努めと考えるジュリアスにとって
は休日でさえ何かしらの執務に携わっている状態だった。
窓から差し込む午後の強い日差しがついに、ジュリアスの座るソファにまで辿り着き、暖かな日溜まりの中でジュリアスを夢の通い路へと誘う。
「……執務中に眠ってしまうなどと……」
ジュリアスは懸命に目をこじ開け、眠気を堪える。
「う……う〜んん」
とゼフェルが小さく唸ったかと思うと、急にしっかりと座り直した。
「起きたのか……」
ジュリアスはハッとしてゼフェルを見た。ゼフェルは何も答えず、大きな延びをすると、今度はパタンとジュリアスの膝の上に頭を置いて、また目を閉じてしまった。
「お、おいっ、そなた!」
ジュリアスは慌てて、自分の膝の上の頭をどかせようとするが、ゼフェルはまるで赤子のように膝を折って寝入っている。ゼフェルは眠りながら収まりのよいように頭を動かすと、横顔をジュリアスに見せる位置に落ち着き、シーツか何かと勘違いしているのか、ジュリアスの純白の衣装を握りしめて、安心しきったように眠り続けた。
「…………」
どうしたものかと考えながら、ジュリアスはゼフェルを見た。膝の上のゼフェルの頭は重くはない。固めだがふさふさした髪や、自分の衣装を握り締めている姿は小動物ように無垢で、守ってやりたい気持ちになる。自分の膝から追放されてしまった手をジュリアスは仕方なく、右手はゼフェルの肩先に、左手はその髪の上にそっと置き、溜息をついた。
しばしの間、醒めていた眠気がまたジュリアスに襲いかかってくる。ゼフェルの規則正しい寝息に誘われるように。
「だめだ……」
ジュリアスは抗う事をやめ、瞳を閉じた。
あの時計が時をしばらく止めてくれたなら……と祈りながら、ジュリアスは眠りの中に入ってゆく……。
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