やがて、無理な姿勢に体に痛みを覚えたゼフェルは、寝返りを打とうとして目を覚ました。

「げ……やば……」
 と目の前にある白いシーツだと思ったものが、実はジュリアスの衣装の一部だと気づき、ゼフェルは青くなった。そのままの姿勢で、視線だけソッと上に上げてみれば、ジュリアスも微かな寝息をたてているのが判り、ホッとしながら 彼は静かに身を起こした。
「へぇ……ジュリアスでも居眠りなんかするんだ……」
 とソファの背もたれの上に寄りかかり眠っているジュリアスを、見つめてゼフェルは呟く。

 太陽が雲に遮られて薄暗くなった部屋で、ジュリアスの寝顔にも影が出来ている。それは普段の艶やかで堂々たる風貌と違ってみえる。自分よりずっと大人の男が造り出す、硬い顎や頬の輪郭が、影のせいで苦悩に満ちて疲れた表情を映し出していた。 ゼフェルはジュリアスの心の中を覗き見たような感覚に捕らわれて、その場で、ずっとジュリアスの寝顔を見ていた。

「オレ……悪かったか……も……な」
 ゼフェルはそう呟くと、ソッと立ち上がり部屋を出ようとした。その刹那、太陽を隠していた雲がとぎれ、部屋の中には元のように明るい光が一気に戻ってきた。ゼフェルが振り返ると、ジュリアスの顔にまで光は差込んで、あの辛そうな表情を一掃していた。
 豊かに波打つ髪に、白い頬に、きつく閉じた唇に、光は吸い込まれるように輝き、あたかも化粧を施すようにジュリアスを、光の守護聖に戻してゆく。

 そして……ジュリアスはパッと瞳を開けた。

 青い……青い瞳が、その光の中で呪文が完結したように見開かれる様をゼフェルは息を飲んで見つめていた。

「眠っていたようだな……私も……陛下がお呼びなのか?」
 ゼフェルがドアの前にいるのを見るとジュリアスは少し掠れた声で言った。

「い、いや……まだ。遅いんで様子……見ようかと思って。もうだいぶ待ってるし……」
 一瞬感じたジュリアスへの敬愛を悟られまいとゼフェルは動揺しつつ答える。

「そうか………私が尋ねて来よう」
 ジュリアスは立ち上がった。パタンとドアが閉まると、ゼフェルはそのままその壁に凭れながら自分の鼓動が平常になるのを待った。

(もっと違う見方が出来るかな……あの大きくて偉そうなヤツに対して……だから女王陛下さんよ、言われなくてもよっく判ったぜ……出来るだけ仲良くするよ。だからもうお説教はいいだろ。もー待ってられねーし)

 このままばっくれてしまおう……と心に決めたものの、ジュリアスの顔がちらつき、のろのろと扉を開けようとした所に、戻ってきたジュリアスが先に扉を開いた。

「謁見はなしだ」

 ジュリアスがそう言うとゼフェルが、「なんだよー、これだけ待たせておいて」と声をあげた。だがその後、すぐ「謀られた……?」と呟いた。

「オレたち二人きりにして話し合わせようとか、疲れてそーだし、ちょい長めに休憩させてやろう……とか、そーゆー姑息な手?」
 ゼフェルの意見にジュリアスは小さく笑い、「おおよそ、そのような所であろう」と同意した。

「だーっ。ちくしょー。でも、まあいいか、居眠ってスッキリしたし……。けど、腹も減ったなあ、もう三時じゃねーかよ。ルヴァの執務室にでも行くかぁ? この時間だと絶対、お茶とお菓子で和んでやがるぜ。……あ、でも……」
 ゼフェルは頭をちょっと掻いた。

「なんだ?」
「ルヴァ……昨日の事、まだ怒ってるかも……」
「悪かったと思うのなら、素直に謝ればよい。ルヴァは寛大な性格だ。私もそなたに謝ろう。落ち着かせる為とはいえ手をあげたのは私が悪かった。すまなかった」
 そう言われたゼフェルは驚いてジュリアスを見た後、「う…………ん、まあ、そうだな。オレもルヴァに謝る、お茶とお菓子、欲しさに謝るぜ」と言った。
 頭を掻く仕草が、照れていると判りやすい態度で。
「ごめん……。あんたにも謝る」
 ボソッと呟き、ゼフェルは、一気に駆けだした。静かな回廊にけたたましい足音が響く。宮殿の回廊をそのように走るな……とジュリアスが注意する間もなく、その姿はあっという間に消えていく。

「まあよい……か」
  ゼフェルに何の小言も言わずに済む日がいつか来るのだろうか……と半ば諦めたような溜息をつく。その日が来たら来たでどこか寂しい気がするのかも知れない……と思うジュリアスだった。

 
end

聖地の森の11月 あさつゆ