第四章 遺 志

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 −−−−この宇宙では、大きく分けて二つの星系が存在していた。
 主星を軸とし、その近隣の星々やその配下にある星で構成される主星系と、主星から遠く離れた星たちで形成される外域星系である。『辺境』と大雑把に一括りにされて呼ばれる事の多いその星々は、ここ 何十年に渡って幾多の場面で、主星系惑星と衝突を繰り返していた。さらにその状態は近年悪化の一途を辿っている。
 外域惑星連合の代表であるバーンという星は、主星系の経済流通ネットワークへの参入を申し入れると共に、単なる末席の惑星としての参入ではなく、サミットと呼ばれる特権を持つ惑星組織の中に名を連ねさせよ、と主張していた。高い文明と経済力を持つ サミット惑星は、主星とほぼ同等の発言権を持っていたのだ。
 主星より遠く離れた外域は、文明の発達も遅く、流刑地も多く存在している。経済的発展を遂げた後も、環境その他の問題を抱えたままの星が多く、自ずと主星星系からあぶれた者たちが集まり、見下されて扱われてきた経緯がある。バーンは、サミット惑星と認められることで、下層の者たちの集まる外域 星系のレッテルを一掃しようというのだった。
 しかし、数ヶ月前、主星系の商船の差別的行動に端を発した事故により、外域の民の間では、もはや主星系ネットワーク参入どうこうという問題よりも、長きに渡って自分たちが虐げられてきたことに対する怒りを募らせ、抗議集団一つ一つの集まりが、さらに大きく同盟化し始めるという事態が拡がっていた。
  些細な主張のひとつひとつが集って諸悪の根源は、主星に聖地があるが故に主星が、のさばっているのだという、ひとつの主流ができてしまった。主星から聖地を離脱させよ……その主張は、あっという間に膨れあがり外域全体に広まっていった。
 
 ジュリアスは報告書の紙面から顔を上げ、モニターの再生のボタンを押す。映し出されている主星代表議長が喋り出す。
 
『……主星は、この宇宙で最初に人類が生まれ、文明が始まった所です。聖地もまたそうです』
 強い口調で主星代表は言う。

 『主星歴史の始めの頃、指導力に優れた者が長となって幾つかの集落が出来た。ある時、ある女性が、それら集落の長の中の長の座に着いた。彼女の元にその統治を補佐する者たちが集まった。 それが聖地始めなのです。国の成り立ちとそれは似たようなものでありましたが、その集団は権力というものに固執せず、大きな国家として発展することにはならなかった。彼らの能力の全ては民の為に注がれ続けた。この高潔な意志の上に存在している集団の住まう集落こそが、聖地の始め……です。やがて、長と補佐する者たちの力が老齢になるなどして衰えると、同様の能力を持った者が選ばれた。こうして長い時を重ね続け、人々は、 いつしか長の女性を女王と呼び、補佐役の者たちを守護聖と敬意を込めて呼んだ。女王と守護聖の持つ能力はいつしか、ただ単に人より秀でた能力というだけではなく、人知を越えたものとなり、努力によってだけでは得られないもの、聖なる力……サクリアと変化して いきました。このようにして十万という年月、聖地はずっとここ主星の首都の北部に拡がる森林地帯に在り続けたのです。人類が宇宙へと出た後も、今日に至るまで!  その恩恵は遍く宇宙に注がれておりながら……コホン……女王陛下、守護聖様を始め、そこに働く者たち全ての生活面での供給は主星が担ってまいりました……』

 主星代表の言葉に光の守護聖は、瞳を閉じた。モニターの中の主星代表の語尾はさらに強くなっていく。主星がどれほど聖地に関わっているか、聖地の為にどれぼとの経費を割いているか、そして最後に彼は、聖地は主星のものだと締めくくるような言葉を残してその映像は終わった。
 その時、扉が開きクラヴィスが入ってきた。
「昨日の全宇宙に配信された映像か……。何度見ても一緒だ。聖地は、ずっと昔から主星のものだと宣言したも同じだろう。火に油を注いだとはこのことだな。こうなってくると、外域の主張もわからぬでもない」
「外域の主張は、元々、経済的差別や政治的発言の緩和だけを望むものだったはずだ……」
「主星の中に聖地があるが故に、主星系の連中の態度が大きい……、だから主星上から聖地は離れるべきで、そうすれば全て解決する……と言えば、誰にでもわかりやすいからな」
 その醒めた口調が、ジュリアスをますます陰鬱にさせていく。
「……さあ、そろそろ行こう」
 クラヴィスが、そう言うとジュリアスは、ゆるゆると立ち上がった。二人は女王陛下に呼ばれていたのだった。
 執務室棟を抜け、白亜宮へと繋がる回廊を二人は歩いている。その回廊の長さを利用して壁面には、年代順に聖地の歴史が描かれた絵画が飾られている。

“さっき見せられた聖地の始めとなんという違いだ……”

 ジュリアスから数歩下がった所を歩きながらクラヴィスは思う。今は、西の大陸の教皇としてのクラヴィスが、心の中に浮上していた。当然、先ほど見せられた記憶も留めている。自然と共に生きていた原始聖地の姿は、素朴だが清々しさに溢れていた。それなのに、今ここの聖地の澱んだ空気は何なのだ? ……とクラヴィスは思う。姿が映り込むほどに磨かれた回廊、壁や柱の全てに金や色石が施されている。その豪華絢爛の有様にクラヴィスに嫌悪感が走る。

「聖地は主星の主都にほど近い場所にある。確かに主星代表の主張した通り、あらゆる面に於いて聖地は主星に依存していたのだが……」
 ジュリアスは背後を歩くクラヴィスの様子に気づかずに話し出す。
「……聖地は主星の飼い犬だと、外域連合の中でも過激な活動をしている一派のスローガンにそう書かれていたな」
 クラヴィスは思考を切り替えて答えた。ジュリアスは、彼の辛辣なその言い様をわざと聞こえなかったふりをし、「陛下のお考えとはどのようなものだろうな……」と呟いた。やがて長い回廊が一旦途切れ、外回廊に出た。色取り取りの花が咲き乱れている。低い木々が真四角や 円錐形に刈られて、対照的に配置されている。

“空に向かう枝葉の伸びやかさが美しいのに、どうしてこんな風に不自然に刈るのだろう……美意識さえも時代の中で変わるのか……”

 またクラヴィスの自意識が顔をもたげる。
 やがて二人は、回廊を離れ、宮のさらに奥、謁見の間へ入った。床一面に幾何学模様の象眼細工が施されている。中央に敷かれた赤い繊毛を伝うようにして歩き、女王の御前へと向かう。
 

■NEXT■

 

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