第四章 遺 志

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 翌日の正午を過ぎた辺りから聖地の回りは、主星軍が派遣した物々しい装甲車で取り囲まれた。さらに、日暮れになると、聖地の周辺はサーチライトによって煌々と照らされ た。テレビ放送はその様子をリアルタイムで全宇宙へと配信していた。

「一体どうしたことでしょう? 先のジュリアス様の会見の内容がまったく報道されません……」
 リュミエールは戸惑いが隠せず、悲しげに呟く。
「主星政府が……隠蔽してるんだ」
 忌々しげにオスカーが言う。とその時、ジュリアスの元に主星代表からのホットラインが繋がった。すかさずジュリアスが「どういうことだ?」と問う。
「他の官僚たちとも話し合いましたが……、我々には理解しがたいのですよ。聖地と主星を切り離すなど! 何度も申し上げるが、主星あっての聖地ではありませんか ? もちろん聖地はこの宇宙の全ての……礎ではありますがね」
 取って付けたような最後の言葉に、ルヴァが大きな溜息を付いた。
「永い時を歩むうち、我らは道を違えたようだ。風の声を聴き、雲の流れを見て、明日の天気を占い田畑を耕した日々から、余りにも遠くまで人は歩いた。立ち止まることを良しとせぬのなら主星はそのまま行くが良い」
「馬鹿なことを! そりゃ大昔は自然と共に人も歩んだでしょう。もちろん、今だってそうですが……科学の力を拒否されようというのなら無茶なことですよ。人類の歩みを止めることなどでき……」
「省みることが必要だと言ってるだけですよ!」
 ジュリアスりの背後から溜まりかねたようにルヴァが言った。その声が主星代表の耳にも届いたらしい。
「反省はしております、もちろん。科学の進化と共に生じた様々なリスクに対して主星は前向きに取り組んで来ましたとも。よく考えてご覧なさい。外域の無謀なゴリ押しが無かったら、主星と聖地の蜜月は続いたはずで……」
「もうよい。そなたたちが陛下からの先のお言葉を隠すのならそれで良い。ただ聖地はこの主星上から消え失せるのみだ」
 静かにジュリアスは言った。今度は主星代表の背後で別の誰かの声が響いた。
「消え失せるなんてできっこない。そんなことが出来るなら、既に主星宙域に押し寄せてきている外域の艦隊どもを、元の辺境域へと瞬時にして押し返してくれればいいんじゃないのか?!」  続いて「おお、そうだ。陛下のお力とやらを見せて貰おうじゃないか。そうすれば外域連合も二度と主星を攻めようなどと思わない」
「これはご無礼。血の気の多い議員が側にいましてな。しかし、彼らの言うことも一理あると 。しかし皆、この宇宙域最古、文明発祥の地である主星を誇りに思い、愛しするが故の発言ですよ。主星の名家出身の貴方ならお判りになるでしょう?」
 主星代表議長はジュリアスに諭すように言った。彼からすれば、最年長の守護聖でさえ孫のような年齢である。敬語を使いはしているが、あくまでも立場上の、といった感じだ。
 “聖地が移転すれば、そこでは時の流れも違うだろうと陛下は仰せになった。……同じ時を生きる者同士ならば、この者と私のように年齢や、出身地、家柄などの柵に捕らわれもしよう。一切を断ち切った処に行くべきなのだな聖地は。そして私たちも……”
 ジュリアスは改めて女王の決意の程を知る。そして再び、キッと顔を挙げた。
「聖地の付近に集っている者……特に、上空を飛び回っている者たちを撤退させぬと巻き添えとなることだけは承知しておくがいい」
 ジュリアスがそう言った後、相手の言葉を待たず回線を切ると、重い空気が部屋中に立ち込めていた。それを一掃するかのように彼は立ち上がった。
「皆の者、私はこれから陛下のお側に向かう。そなたたちは、それぞれの場所で最期の時を迎える用意を。ルヴァ、若い者たちはどうしていた?」
「大丈夫ですよ。実家の者たちとモニター越しですが、別れを済ませたと言ってました。誰も取り乱したりはしていません。三人揃ってその時を迎えるのだと、風の館にいます。いつもと同じように 皆でゲームをしたりして過ごしていましたよ。普段は随分、ふざけたことばかりして守護聖としての自覚が足りなかったのに……いい子たちですよ」
 ルヴァは、涙ぐみながらそう言った。
「ああ、いけませんね。私が泣いていては。さぁて、私も部屋に戻ります。読みかけの本があるもので、ね」
「ルヴァ様、私も館へ戻ります。窓を開け放って竪琴を弾きましょう。風に乗って陛下のお部屋まで届くかも知れません。 ああ、でも上空の偵察機の音で掻き消されてしまうでしょうか? オスカー、オリヴィエ、貴方たちは?」
「そうだねぇ……。オスカー、飲まない?」
「お、いいな」
「とっておきのがあるんだよ、年代ものでね。今夜、飲むのにピッタシ。皆も気が向いたらおいでよ」
 どれだけ飲んでも明日、起きなくていいんだもの……と言いかけた口を噤み、オリヴィエは笑顔で言った。
「クラヴィス、そなたは?」
 ジュリアスは部屋の片隅で黙り込んだままのクラヴィスに問う。
「……寝る」
 と短くクラヴィスが言うと、皆が一斉に吹き出した。それが合図のようになり、彼らは立ち上がると、それぞれの場所へと去っていった。ジュリアスは白亜宮へと向かいかけたが、すぐに引き返しクラヴィスを呼び止めた。
「クラヴィス、すまぬが」
「なんだ?」
「そなた……私と共に陛下のお側近くに控えていてはくれぬか?」
 何か考えを秘めた強い視線がクラヴィスを見ている。クラヴィスはただ黙って頷いた。
「古から続く女王と守護聖の叡智の元に新たな聖地をイメージし、この宇宙の安定を願って、持てる力の総てを注ぐ……と陛下は仰った。 聖地移転の御技がどのようなものか図り知れぬが……」
 ジュリアスはクラヴィスと共に白亜宮へ続く回廊を歩きながら話し出す。
「我らの……光と闇のサクリアはこの宇宙総ての礎でもある。まず我らのサクリアが在り、他のサクリアが形成される。ならば……」
「お前の言おうとしていることが判る気がする……」
 クラヴィスが笑う。
「陛下のお側にて、陛下がこの偉業を為されるその時に我らが支柱になれぬものか? 私は若い者たちを助けたいのだ。もちろん、オスカーやオリヴィエたちも。新たな聖地に彼らの肉体もそのままに送り込むこむ可能性が少しでもあるのなら……」
「何にせよ。どうせ館に帰って眠るつもりだった。永遠のな。……フッ。今、少し足掻いてみるか?」
 クラヴィスの言葉に、ジュリアスの小さな笑みが重なる…………。


「どういうこと?! 聖地記録と違う。この二人、記録を……書き換えている!」
 シャーレンが叫んだ。そして、ジュリアスたちに見せていた【記録】を思わず一旦閉じる。ジュリアスたちの中では【記録】が止まり、静止画像を見ているだけのような状態になっている。ノクロワは目をギョロリと見開き、セレスタイトを見た。
「おい。ジュリアスのヤツ。記録とまったく違うことを言ったぞ」
「なんとジュリアスは言った? シャーレン、今のジュリアスの言葉を【記録】として私に聞かせてくれ」
  二人から離れた所にいたセレスタイトは、シャーレンとノクロワの側に歩み寄り、双方の肩に手を掛けた。シャーレンは、今し方のジュリアスとクラヴィスの会話を再生して見せる。
「ああ。本当だ。正式記録と違う。私もかってお前たちによって見せられたこの記録で、今のジュリアスと同じ所を体験したけれど、私はそんなことは言わなかった。記録では、光の守護聖は白亜宮の女王の側にいて、ただ祈っていたのだ。潔く肉体の死を受け入れて」
「あの頃……サクリアが最も弱まっていたと推測される。主星との癒着により聖地は、本来の姿を見失いつつあった。聖地の移行による肉体の死……守護聖たちはそれを受け入れることを潔しと したのだ。サクリアが残るのならそれで良いと。だが、ジュリアスは、そうは思わなかったらしいな。諦めと取ったらしい。 彼の持つまだ青臭い……光のサクリアは、なかなか小気味よいものだな。本来あれは、前しか見つめぬ生きるためのサクリアだったからな。ふふ……クラヴィスもだ。 当時の闇の守護聖はあのまま館に戻って本当に寝たのだぞ。むろん、私も【記録】の中でそうした。なのにジュリアスに吊られて共に行くと……【記録】を変えるのに荷担して いるぞ」
 ノクロワがクックッと笑う。
「もうっ。笑ってる場合じゃないってば。記録と違うまま続けていいものなの?」
 どうなっても知らないよと、肩を竦めるシャーレンにセレスタイトがそっとその背中に触れた。
「そのまま続けさせてやってくれ。あの者たちがどう足掻いた所で、これは所詮、過去の記録の中のこと。何一つ、事実を変えられることはないのだから……」
「そうだ。この後、聖地は主星から離脱し、新世代を迎えるのだ。我らの居る、今の聖地の姿へと続く……な」
「シャーレン、お前に触れたままでもいいか? 私にもこのまま【記録】を見せ続けてくれ。邪魔にならないようにしている」
「いいよ。ジュリアスに手を貸したりしないでよ、ややこしいから。ただでさえ、拒絶反応は強いわ、記録を書き換えるわ、で苦労してるんだから」
 ブツブツと文句を言いながらもシャーレンの意識は、【記録】の中にいるジュリアスたちの元へと向かう。
 

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