第五章 月の涙、枯れ果てて

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 やがて、馬車が出発し、町から外れて、砂の道を走り出すとルヴァの心に、ダダス大学に入学するために、故郷の期待を負って旅だったあの日の事が蘇って来た。片道の路銀だけ持って。そして、一刻も早く卒業し、文官となって故郷の村に鉱山の発掘権を貰うのだとただ一心に勉学に励んだ日々……。
「ルヴァ様、どうかされましたか? ご気分でもお悪い?」
 急に黙り込んだルヴァに、リュミエールは尋ねた。
「あ、いいえ。ちょっといろいろと昔のことなどを思い出していました。大きなひとつの目標を越えてルダに戻って来ましたけれど、前にも言いましたが、本当の所、文官の仕事を心から望んでいたわけではなかったのですが」
 そこでルヴァは一旦、言葉を止めた。視線はリュミエールに、そして指先は自然と襟元のフローライトに貰った飾り止めにいく。
「大切な人たちに出逢えました。良い半年でしたよ。リュミエール、貴方にとっては、随分辛い思いをした半年だったでしょうね……」
「いいえ。音楽院で古楽器を習うことも出来ましたし。私もルヴァ様に出逢えました。そして今、こうして思いがけなく旅に出ることも出来ました。この先、スイズに戻り、様々なしがらみから逃れられず過ごすことになっても、この旅の思い出だけは色褪せぬものとなるでしょう」
 リュミエールは、心からそう言い微笑んだ。その表情は、今までのような儚げな曖昧さの残るものではなかった。
 その後、二人は馬車に揺られながら、たわいもない子どもの頃の話をしたり、御者の調子っぱずれの鼻歌を聞きながら簡易な五元盤を膝の上に広げて遊んだりした。
 それは、二人にとって、これまでの人生の中で、一番何もない、穏やかな時間だった。

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