ルダ南部、ルヴァとリュミエールの砂漠地帯の旅は、砂嵐に見舞われることもなく比較的穏やかに続いていた。朝早いうちに出発し、日暮れになる前には、オアシスの村に辿り着き、夜になれば質素ながらも温かい食べ物を得られた。砂漠馬の御者は、ルヴァが、当初思ったほど抜け目のない男ではなく、馬車の扱いに長けた陽気な南部人だった。御者の馬車は、いつもは砂漠を越えきったルダ最南部の町まで行くのだが、リュミエールが
、出した別料金の銀の小箱のお陰で、今回は、砂漠を途中から半分に分かつように貫いている山地のサンツ渓谷へと一旦向かう。
そこは、山が砂を堰き止めるかのような形になっている山間地帯で、鉱山で生業を立てている村が幾つか点在していた。
数日後、その渓谷の入り口にある比較的大きい村へと、一行は辿り着いた。そこからルヴァの故郷までは、半日ほど歩くことになるのだった。御者と別れた後、ルヴァは村で、ただ一件の宿屋に向かった。南部の山間の田舎だから、いつも泊まり客があるわけではなく、食料品を扱う店が、ちょっとした酒場と共に兼務しているのだが。
ルヴァは、ルダ王都から視察に来た事を話し、一夜の宿を請うと、店主は、夕飯を食べ終えたら聞いて欲しいことがあると言い出した。
「視察に来たということは、ここら辺りの様子を、お偉いさんに伝えてくれるんですよね」
店主は、二人が食事を終えた頃を見計らって、ルヴァとリュミエールの食卓に同席し、話し出した。
「ええ。南部の状況は執政官様たちにお伝えします。ダダスとスイズの諍いはどの程度のものでしたか? 報告では、規模が大きかったと聞いています」
「最初はもっと東の方で、小競り合いが始まったんです。ダダス軍に追われる形でスイズ軍は、サンツ渓谷の入り口までやって来たみたいでした。村から少し離れた所で合戦が始まり双方、互角のまま、数日過ぎました。この村自体には被害はそんなにはなかったです。双方、ルダの民には、なるべく手出ししない約束になってるみたいでしたから。だけど、合戦によって、村の畑がダメになっちまいました」
「畑が……」
店主の話をじっと聞いていたルヴァは、溜息とともにそう呟いた。砂漠近くにある山間部での自然条件の厳しさは、嫌というほどよく知っている。
「どうかこの状況を上に報告して貰って、少しでも補償金を貰えませんか? これは村人全員の意見です」
その願いは当然のことであったが、一介の文官であるルヴァに決定権はない。それにルダの国庫を思うと、他国同士の諍いで被った被害の補償など出して貰えるものかどうか……とも思う。
「わかりました。帰ったら、報告書にその事を付け加えます。けれど、先に村長から、ルダ城の執務官様に宛てて直訴状を出しておいた方がいいでしょう。その上で、私からもご説明申し上げますからね」
自分に出来る最大限の事をするつもりで、ルヴァはそう言うより他になかった。
「お願いします、文官様」
店主は頭を下げた。
「隣村でも、今回の戦いの被害は同じようなものなのですか?」
リュミエールがそう言うと、一瞬、店主の表情が曇った。
「いえ……それは……被害は……もっと」
「どうしたのです?」
「さっき言った通り、この村付近で数日戦いがあった後、また少し場所が西へと移動されて、いきなり隣の村あたりで何かあったみたいで……」
「何か?」
「詳しいことは判りません。……すごい地響きがして、鉱山で落盤があったとか、大砲が飛び交うような大きい戦いになったとか……噂はいろいろありますけど、本当の所は判りません」
「そうですか……。とにかく、明日の朝、隣村に様子を見に行きます。帰りにまた立ち寄ることになるでしょうから、どんなだったかお伝えしますね」
故郷の村を心配しながらも、ルヴァは気丈にそう言った。
「行くんですか……? ちょっと時間が掛かるかも知れない……」
「どういうことです?」
「道が途中、塞がってるみたいで……。荷物を運びに途中まで見に行った人の話だと……戦いの時に、山肌が崩れたんじゃないかと。すみません、見てきたわけでなく、人づてに聞いた話ですし、詳しくは知らなくて。私たちも自分の村のことに手一杯で余所のことまでは……」
店主の歯切れの悪さに、ルヴァは、それ以上聞いても無駄だろうと、話しを切り上げ、部屋への案内を願い出た。
“故郷に何事も無ければいいけれど……明日、日の出と共に出発すれば、昼過ぎには着けるでしょう……”
ルヴァの心に、不安が広がってゆく。
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