オスカー |
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草原をただ一人。黄金の稲穂を掻き分けて進む。やがて畑のわき道は途切れ、クゥアン王都までの一本道に出る。クゥアン国の権力の証でもある整備された街道を、栗毛色した馬は疲れた様子もなく、主の手綱の指示に従い走り続ける。やがて、石で造った城壁が、彼の視野に入った。古い時代の戦いの痕跡である。そこを過ぎれば、王都まで後一日の距離となる。崩れかけた石の壁が、夕陽で赤く染まり、馬に乗った己の影が大きく映る。と、馬が急に速度を落とし、小さく嘶いた。 「どう……さすがに疲れたのか?」 馬の首筋を優しく撫でてやりながら彼は自分も額の汗を拭いつつ、ゆったりと馬を進めた。その城壁からやや入ったところに、クゥアン軍の駐屯地がある。粗末な石造りの建物だったが、夜露を凌ぐには不自由しない。 「第一騎士団のオスカーだ。ジュリアス様の命により北から戻った」 彼はそう言いながら、扉を開けた。 「ハッ、お帰りなさいませ」 中にいた兵士たちは敬礼し、オスカーを出迎えた。 「王都は変わりないか?」 上着の襟元を少し緩めて、側にあった椅子に腰掛けながら、オスカーが言った。通りいっぺんの挨拶のつもりだったが兵士たちは、互いに顔を見合わせた。 「何があった?」 「ガシュアルにジュリアス様が、出向かれておりましたが……」 「ああ、知っている。ガシュアル王の王子の婚姻に行かれたのだろう」 「それは、偽りだったのです。ガシュアルは、ジュリアス様を拉致し、一気にクゥアン王都を攻める気だったのです」 兵士がそう言うと、オスカーは椅子をひっくり返して立ち上がった。 「どうか、落ち着いて下さい。ジュリアス様はご無事ですから。ガシュアル城内に入る前に、ジュリアス様は不穏な動きがある事にお気づきになられて、事なきを得ましたが、そのまま両国は、戦に入ってしまいました。ですが、ジュリアス様自ら指揮をとっての戦に、我が軍の志気は著しく高く、すぐに敵方軍を鎮圧いたしました」 「そうか……それは良かった。で、ガシュアル王はどうした?」 「ジュリアス様の説得も聞かず、さんざん悪態をついた上、隠し持っていた短剣で、ジュリアス様のお命を狙ったので、その場で、切って捨てられました」 「何日前の事だ? ジュリアス様は王都に戻られたのか?」 「最後の伝令が届いたのが三日前ですから、今朝方、王都にお戻りになられているはずです」 「ガシュアルか……最後の同盟国であったのに……あの王国もクゥアンの配下に入ることになったか……」 オスカーは頭の中で、クゥアンの地図を書き換える。 「残るはモンメイだけですね。モンメイに向けて、先陣の部隊が既に送られていますからジュリアス様が全土を、手にされるのも時間の問題ですね」 若い兵士は、興奮した様子で言った。 「だがモンメイは荒野に点々と都市があって、なかなか掌握しづらいと聞くぞ」 別の兵士が言った。その答を求めるように若い兵士は、オスカーを見た。 「大丈夫だ。そんなことは最初から判っているさ」 オスカーは自信たっぷりに言った。兵士たちは嬉しそうに頷き合う。 「さてと、今夜はここに泊まっていく。もし余分があったら俺の分も食事が貰えると有り難いんだが。さっきから、厨からいい匂いがしていたんで腹の虫が五月蠅くてかなわない」 「もちろんご用意しますよ。第一騎士団のオスカー様を腹ぺこで行かせたとなると、ここの駐屯地としての存続も危うい」 「よくわかってるじゃないか、よし、俺は小屋に馬を繋いでくる。飼い葉を貰うぞ」 オスカーが、戸外にでると、もうあたりは暗くなっていた。見上げた空に、星がまたたく。 「モンメイか……この報告をしたら、きっと自分もモンメイに出向くと言われるだうな……」 オスカーは、視察の道すがら偶然仕 入れた情報を心に思い浮かべて呟いた。珍しくオスカーの心に不安が広がった。戦の勝敗とは別の、もっと得体の知れないものに対する不安 である。ひとつコマが進むたびに、ジュリアスという王が離れていく。離れまいと追いかける、ふと気づくととんでない遠い処に自分は辿り着いてしまっている、もう引き返せない。それでも……たぶん俺はあの王の後を追わずにはいられないのだろうな……と、オスカーは思っていた。 |