オリヴィエ |
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赤というよりは紫に近い。銀糸で刺した雲波の文様が背中いっぱいに広がる長い上着。そんな色合いの衣を着る男はモンメイにはいない。黒い髪と瞳、浅黒い肌に力強い骨格を持つモンメイ人の男は、大地か木々を思わせる色のものしか着ない。王族だけが、それに金や銀の糸を混ぜたものを着ることができる。 だが、モンメイ人の見た目とはまったく違う、白い肌と金の髪をしたモンメイ国第二王子は、その異例の色の衣装をゆったりと着こなし、後宮から王宮に続く長い廊下を歩いていた。 また一人振り返った……もう見慣れているはずだろうに、と彼は思う。そして、相手は顔を赤らめ、「まあ、お美しい」と言いながら、頭を下げる。美しい……と言う言葉は、日々の挨拶のように言われ慣れてしまっている。 実際、自分の顔よりも美しい顔を見たことはない……と彼は思う。この辺境の、広いだけが取り柄の荒野ばかりの国モンメイでは。ふと、硝子窓に映った自分の顔を見つめる。“綺麗だ……今日も” 悲しそうに、彼は呟いた。 「オリヴィエ様、何をしておいでです。すぐに謁見の間に! 各部隊の指揮官が集まっておりますよ」 彼の背後で声がした。昨日、伝令が来てから城が騒がしい。同盟国協定の勧めをモンメイが蹴ったことに腹を立て、中央の大国クゥアンが攻めてくるという。モンメイを制圧し、この東の大陸の全てを手中に治めるつもりなのだという。東の大陸では一番西に位置していることもあって、クゥアンが攻めるのを最後まで拒んでいた国である。高い山脈の麓の荒土を開拓し、生き抜いてきたモンメイ人は、頑強な逞しい体、激しい気性をもつ民族である。誰もがクゥアンに勝つ気でいる中で、オリヴィエだけは冷静に戦況を見ていた。 “この戦い……こちらの勝ち目は少ないんじゃないかな……” もちろん、モンメイの第二王子としての立場から、そんな事は口には出さないが、オリヴィエはそう思っていた。謁見の間の扉を開けると指揮官たちが、オリヴィエを歓喜の声で出迎えた。 「オリヴィエ、さあ、こちらに来るが良い、皆の志気が上がるよう、言葉を」 「はい、父上」 オリヴィエは玉座にいる王に返事をして、皆の前に立った。 「モンメイに天の祝福を」 それだけ言うと、オリヴィエは皆を見渡して微笑んだ。それだけで充分だった。 「クゥアンのジュリアスがいかほどのものか! 金の髪を持つ者ならばこちらにもオリヴィエ様がいらっしゃる。金の髪を持つ者は、その一族に繁栄をもたらすと言うのなら、オリヴィエ様も同じ事だ!」 指揮官の一人がそう叫んだ。 “クゥアン王ジュリアス、ワタシと同じ金の髪を持つ男。たいそう強く、美しいと聞く……ワタシよりも?” オリヴィエはそう考えながら、謁見の間から出ようとした。 「オリヴィエ、すぐに酒宴が始まる。今しばらくはここにいて、皆にその顔を拝ませてやるがいい」 王は、オリヴィエを引き留めた。だが彼は、珍しく、はいとは言わなかった。明らかに不機嫌になった王の顔に、笑顔を返してオリヴィエは言った。 「少し風に当たって参りますので……また後ほど参ります」 “そう……今は少し風に当たりたい。どうしてだろう、何故だかとても体が火照る……” 王宮の裏庭に出ようとする彼を、衛兵が止めた。 「オリヴィエ様、じき陽が沈みます。丘の風は冷たとうございます。王に叱られます」 「いいんだよ、少し風に当たりたいから」 「では、中庭にお出でください。裏庭は、山の麓伝いで危のうございます故」 衛兵は執拗にオリヴィエを止める。 「何が危ないっていうんだい? 入り込んでくる動物たち? それとも、珍しい金の髪の者をさらう輩? まだこの歳になっても人さらいの心配?」 ふふんとオリヴィエが、鼻先で笑うと、よけい衛兵は真顔になっていく。 「王の許可なくしては、お一人で裏庭にはお出になれません」 「あの一本木の向こうには決して行きやしないから、そこをお通し」 これ以上は何も言わない……とばかりにオリヴィエは、冷たい目をして言い放った。そして、言葉を返せないでいる衛兵の脇を通り過ぎる。山から下りてくる冷たい風にあたりながらオリヴィエは目を閉じた。 クゥアン軍が、自分と同じ金の髪を持つ王が、ここにやって来たなら。囚われの王子としての生活が変わってしまうかも知れない……、不安ではなく期待がオリヴィエの心に広がっていく。
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