「そりゃ誰だって知ってるさ、せいちに、いらっしゃる、じょおうさまとしゅごせいさま……って初等科一年坊主の教科書の最初のページに載ってるからな」
「逢ったことあるか?」
「んなもんあるか。逢ったことあるのは、せいぜい主星のお偉いさんくらいじゃねぇのか。一体、守護聖がどうしたっていうんだ?」
「オレな……オレ……」
 ゼフェルはそこまで言うと、座り込んで膝を抱えた。
「一週間前の夜……オレの家に知らない男が来て、ソイツの言いやがることには、一週間後にまた来るから荷物があったらまとめとけって、別れの挨拶も済ませておけって」
「はぁ?」
「ソイツ、ライって名前で、自分は鋼の守護聖だって言いやがるんだ。すげーエラソーでよ、すげー憎しみの籠もった目で見やがるんだ。で、オレのこと、次の鋼の守護聖だって言いやがるんだ」
「お前……暑さでボケたか?」
 工場主は、ゼフェルの顔を覗き込んだ。ゼフェルはそれを無視して話し続けた。
「始めはタチの悪い冗談だって思ったさ。けど次の日、タイソウな服着た正式の使者ってのが来てさ。マジみたいで。……何なんだよ、あいつら。オレには何の選択肢もねぇのかよ。なぁ、オレ、ホントに行かなくちゃないねーのかよ? ウソだ、ウソだ、と思ってるうちに、明日、迎えが来る日なんだ。でも、まだ、信じられないんだ、マジかよ? イヤだ。行きたくない。かくまってくれよ、ここに。なぁ」
 ゼフェルは、膝を抱えたまま項垂れて言った。
「ねぇんだよ」
 工場主は、今度は茶化すことはせず、しんみりとそう言って、短くなった煙草を捨てた。そして、それを足で踏みつぶすとゼフェルを見て、溜息を付いた。
「え?」
「選択肢な、ありゃしねぇよ。相手は聖地だ、観念しな」
「おやっさんまでそう言うんだな。父さんも母さんもそう言うんだ。どうにかなんねーのかよ?」
「なぁ、ゼフェル、何がどうなってお前が、鋼の守護聖に選ばれたのかは知らないが、なっちまったもんは仕方ねぇじゃないか」
「勝手な話じゃねーかよ! オレ絶対行かねぇ、死んだって行くもんか、……そうだ……死んでやる、未遂程度に。そうすりゃ連中、そこまでイヤならって、同情してアキラメねーかな」
 ゼフェルはそういうと、軒先に止めてあった調整中の古ぼけたエアバイクの上に素早くまたがった。
「バカ! 何すんだ」
「これで、海に突っ込むんだよ、イチかバチか。大丈夫、オレ、泳げるから。なんとか瀕死程度で助かるって。聖地のヤツらとか、警察とか聞き込みに来たら、守護聖の事で悩んでましたって、おやっさん言ってくれよ」
「よせ! そんな見え透いたことをしても……」
「放してくれ、おやっさん」
 ゼフェルは、工場主を振り払い、エンジンをかける。ふわり……と車体が浮き上がったその瞬間……。目に見えない強い力が働いた。
「う、動かない……なんで?」
 制御の利かない車体は、ゼフェルを乗せたまま落下した。ドスンと鈍い音がして、車体は倒れ何かの部品が砕ける音がした。

 

next