俺のやっていた仕事の大半はこんな風だ。
「オタクの会社に頼むと積み荷が行方不明になる事が多いな。苦力(クーリー)の中に搾取してるヤツがいるんじゃないのか? はっきりさせてもらおうか、親方よ」
俺は、湾岸作業員を束ねる中國人の襟首を締め上げ脅しをかける。「オタクのとこに頼むのは止すように報告しとこうか」
襟首を掴まれた親方は、俺に幾ばくかの袖の下を渡し、俺はそれを受け取る。俺は、結局、俺を半殺しにし、屋敷を燃やしたあの政治家やお巡りと、規模こそ違えど同じ事をしていたのだ。「よしなよ、親方、そんなヤツに渡す事ない」
袖の下を受け取ろうとした俺に、ある日、一人の男が、とめにかかった。そいつは俺を睨み付け言った。苦力と同じような汗臭いすり切れたシャツを着ていたが、中國人ではなく金髪にダークブルーの瞳の西洋人だった。そして何より俺を驚かせたのは、そいつがあまりにも綺麗な男だったからだ。
「西洋人の苦力か……どういう事情で苦力まで身を落としたかは知らんが、出過ぎたマネはしない方がいいぜ」
「苦力が、身を落とした事になるとは思わないね。落ちぶれたのはアンタの方じゃないの?」その男が言うと、側で成り行きを見ていた別の中國人が止めに入った。
「オリヴィエやめてくれ。いいんだ、この人は親会社の調査部の仕事をしなさってるんだ、もし調査表に悪くかかれたら、それこそ……」
俺は、惨めな気持ちになりながらも後に引けず勝ち誇ったように言った。
「そういう事だ。お前、綺麗な顔をしているな、いい店を紹介してやってもいいぜ」その男が、俺を殴りかかろうとするのを周りの苦力たちが一斉に止めた。その時の男の刺すような瞳……俺は、鼻で笑うと苦力たちに背を向けたが心では泣いていた、恥ずかしさのあまり。
◆◇◆
その頃、俺は四馬路のはずれにある宵闇亭というカフェによく出入りしていた。一日中、珈琲一杯で、粘っていても何も言わない無愛想なマスターが有り難く、金のない時はここで新聞を読みながらいい仕事がないか探したり、他の客の話しを盗み聞きしたりして過ごした。
ある日、俺がいつものように宵闇亭に行くと、アイツがいた。あの苦力をしていた綺麗な男が、奥のテーブルで、濡れたタオルを頭に乗せて苦しんでいた。服装は、あの時と同じようなみすぼらしい姿で。
「よう、随分と苦しそうだな」
俺はそいつに声をかけ、そいつの前の席に座った。「誰がそこに座っていいって言ったよ」
ヤツは濡れタオルを額に当てて、あの刺すような目で俺を見た。「この間は……すまなかった」
俺は、あまり素直にこの言葉が出たので自分でも驚いた。「ふん」
「俺はオスカーって言うんだ、亜米利加人だ。四川路に住んでる」
「あ、そう。なんでもいいから一人にしておいて」
「お前……熱でもあるのか? おい、しっかりしろ」
俺は、肩で息をしているそいつに言った。「暑さにやられただけ。炎天下でずっと荷物運んでたから。少し休めば楽になるんだ」
「なぁ、なんだって苦力なんかしてるんだ? もっとマシな仕事があるだろう」
「どんな?」
ヤツは、濡れタオルをようやく額からはずすと、小馬鹿にしたように俺を見た。「例えばボーイとかどこかの店の売り子とか、苦力よかは賃金もいいし、楽だろう」
「ワタシが、アンタ位のブ男なら、それもいいけどね、この美貌だからね、そういう仕事は身の危険が付きまとうんだよ、男にやられる位なら苦力の方がよっぽどマシだ」
ヤツはヌケヌケとそう言うと、じっと俺を見た。確かにコイツの容姿はデインジャラスかも知れない。「もう行かなくちゃ……マスター、これありがとう」
ヤツは、タオルをカウンターの上に置いて出て行こうとした。
「待てよ、そんな様子で仕事に行くのか? 死ぬぞ、お前」
「バカ、働かなくちゃ、どの道死ぬんだ」
そいつはそう言うとよろけながら店を出て行った。俺は、しばらく宵闇亭で落ち込んでいた。俺の知ってる上海の西洋人は皆、裕福な連中ばかりだった。白系露西亜人は国籍もなく中國人からも酷い扱いを受けているとは聞いていたが、アイツもそうなんだろうか……俺は気になってしょうがなかった。店を出る間際にマスターにアイツの事を知っているか尋ねてみた。
「名前はオリヴィエとか言ったな。時々、港にワインが到着した時にウチに届けに来る」
とマスターは言った。
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