〜詩紋くんの天然系小技〜
「左近衛府少将橘友雅とみた」
その声は友雅の背後から突然した。
「だとしたらどうだというんだい?」
友雅が答えた瞬間、闇の中から刃が姿を現した。
「お命頂戴!」
それを右、左と交わしつつ体勢を整えた友雅は、腰の太刀に手をかけた。そして今、自分の命を狙っている輩を見据えた。
いでたちから見るに身分のある男ではない。その太刀さばきも粗野である。大方、友雅に女を取られた者が、二束三文で雇ったのであろう。それが誰であるのか、恨みを買う心当たりなどありすぎてわからない……と友雅は思いながら、鞘から太刀を引き抜いた。
「出来れば引いてくれまいか? これから行くところがあるのでね。せっかく湯浴みもし、香を焚きしめた形をしてきたのに台無しではないか」
「黙れ!」
月が雲間に隠れる。何処かで犬が一声鳴いた。その次の間合い。友雅は前に出た。
「ひ……」
短い悲鳴がし、男が尻餅をついた。切れた袖口からは血が滴り落ちている。さほどの傷できない。
「さて、次はどうしようか?」
男の鼻に太刀の切先を突きつけながら、友雅は言った。男はもはや立ち上がれずに、命ごいの言葉すら出ない様子だった。友雅は無言で太刀を鞘に終うと、冷ややかな視線を男に投げて、何事もなかったかのようにまた歩き始めた・・・・・・。
◆◇◆
その様子を偶然見ていたものがあった。詩紋である。
「でね、頼久さん。友雅さんったら、その後、スタスタって振り返りもしないで行っちゃったんですよ。すごい格好良かったよ。時代劇の仕事人みたいで」
「仕事人というのは?」
「そういうテレビ……うーんと、お話しがあるんです。悪い人を退治する人で、普段はただのかんざし職人だったり、町人だったりするんだけど、闇で悪い事をした人をこらしめるっていう」
「そう言えば、昼行灯なお役人ってのもいたよな、実はすっげぇ強いんだけど、昼間はダメオヤヂって思われてんの。友雅にピッタリぢゃん」
詩紋の話を寝そべって聞いていた天真が口を挟んだ。
「誰がダメオヤヂだって?」
と天真の頭上から友雅の声がした。
「で、でた〜」
「友雅どの、おはようございます」
頼久は笑いを堪えながら友雅に挨拶をした。
「ああ、おはよう。頼久、肩を震わせてないで、この無礼者たちになんとか言ってやってはくれまいか?」
友雅は天真の横に座り込んで言った。
「は、はい……天真、その言い様は失礼だ、とりあえず謝れ」
頼久の肩はまだ震えている。
「とりあえず……ってねぇ……。ところで、詩紋、昨夜の事を見ていたとなると、そんな夜に屋敷の外に出て何をしていたんだい?」
「イノリくんの仕事場を見せて貰っていて、それで帰りが少し遅くなって……」
「今度から日の落ちるまでにお帰り。危ないからね」
「はい、気をつけます、友雅さん」
と素直に言った詩紋なのだが、直ぐさま、ニッコリと笑って、こう言った。
「友雅さん、お風呂も入って、香を焚きしめて、どこに行く途中だったんですか?」
頼久の震えていた肩がピクッと止まった。
「バカ、聞くんぢゃねーよ」
天真はのそりと身をおこし、隣の友雅に向かってニヤケながら言った。
「友雅さん、奥さんいたんだ……」
と詩紋は呟いた。
「お、奥さん……って……」
天真はキョトンとして詩紋に尋ねた。
「だって、通い婚っていうのでしょ。男の人が、女の人に家に通うんだよ。そういう風にしたら、あっちこっちに何人もの女の人を囲えるから、便利なんだよ」
詩紋はくったくなく言う。
「あ、それ何か習ったよな、別宅が幾つもあってな。友雅、お前、悪いヤツだな。俺たちの世界じゃ、そういうのは重婚って言って犯罪なんだぜ」
天真と詩紋に悪気はまったくないらしく、やけに盛り上がっている。
「……ダメオヤヂの次は、犯罪者かい、私は……。言っておくけどね、只今、通っている所はないよ、ちなみに北の方も娶ってない」
「八葉になられてから友雅どのは、忙しくしておられるのだ。それどころではないし、昨夜はお勤めで宿直の予定があられたのでは。天真も詩紋も少しは口を慎め」
と頼久は助け船を出したつもりなのだったが……。
「頼久さんも八葉になってからは、通うの止めてるの?」
と詩紋は言った。天然のツッコミにはかなわない。
「わ、私は、まだ未熟者ゆえ、そのような事は……。お役目が一番大事であって……」
突然のとばっちりに、四苦八苦する頼久。
「頼久は通うところを作った方がいいかも知れないねぇ」
「友雅どのっ」
「冗談だよ。けれど、その気になった時はいつでも、頃合いの姫君を紹介するよ。あ、天真、君は身分がないから姫君はだめだけれど、知り合いの屋敷に、気だてのいい下働きの娘がいてねぇ、どうだろう?」
雅な扇をひらひらさせて友雅は笑った。
「うるせー、俺にはあかねがいるからいいんだよっ」
開き直った天真は、頬を赤くしながら言った。
「神子どのは私のものだから、ダメだと言ってるだろう」
「いつからお前のものになったんだ、クソオヤヂ」
「わからないのかい? 神子どのの私を見る優しげな愛らしいまなざし……ふふ」
「それって友雅さんの勘違いだと思うけど……」
ぼそっと口を挟んだ詩紋は、やはり天然系のキツさである。
「よく言った詩紋ッ、もっと言ってやれ」
天真は、詩紋の頭をなで回しながら言った。
「あかねちゃんは誰にでも優しいし。それにあかねちゃんは僕が好きなんだよ、キスしたもんっ」
「キ、キス……」
「って何だい 、天真?」
「接吻のことだよッ」
「……詩紋……本当なのか?」
二人が悶絶している所に、この騒ぎの元凶であるあかねが何も知らずに入ってきた。
「あ、あかねちゃんだ、おはよう!」
詩紋は立ち上がるとあかねの側に行き、その頬に朝の挨拶をした。
「おはよう、詩紋くんっ」
あかねの方もつられて、と言うよりかはごく自然に詩紋の頬にキスをした。そして、今度は、呆然としている友雅たちに向かって、ニッコリと微笑みながら
「皆さんおはようございます。何か騒がしかったので……何かあったんですか?」
と言った。
友雅の腰が、異議ありっ、と言わんばかりに浮いている。それを天真は制した。
「落ち着け、友雅、あれはただの挨拶だからな。騙されるんじゃないっ」
「挨拶だと? あれがか」
「ヨソの国じゃ、あれはただの挨拶なんだよ、俺たち日本人は普通はしないけどな」
「だが神子どのも返したではないか」
「つられてやがんだよ、詩紋だから」
「じゃ、私がしてもいいだろう?」
「オヤヂがするとセクハラになるんだよ」
「わかるように言ってくれないか……」
二人がボソボソと言い合っているのに小首を傾げるあかねであった。
「ね、あかねちゃん、今日は僕と出掛けようよ。なんだか、二人ともお話しはずんでるみたいだし」
「そうね……じゃ、頼久さんと詩紋くん、出掛けましょう」
「はい、神子どの」
あかねと詩紋の後に頼久が続いた。
「……それでね、あかねちゃん、昨夜の事なんだけど、友雅さんが女の人の家に通う途中でね……襲われて……」
「えーっ、それって通い婚なの、友雅さん結婚してたのっ?」
「違うよ、でも、今はもうやめたんだって言ってたなぁ。それって捨てたって事かなぁ、じゃ、昨日行こうとしてたのは、一晩だけの遊びの人のとこなのかなぁ、遊郭とかって平安朝にあったっけ?」
「ええっ〜、友雅さん、やっぱりすっごい遊び人さんだったんだぁ。ちょっとショックかも〜」
「だから、あかねちゃんも気をつけた方がいいよ」
(そ、それは少し違うであろう。は、はやく誤解をとかないと……、あ、けれど、遊び人というのは本当のような気もするし……)
と思いつつ、何も言えない頼久だった……。
そして友雅の神子どの攻略の苦難は続くのであった……。
お・し・ま・い
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