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瑞 兆
ずいちょう
             


 
天に昇る夢を見た。
 浅い眠りの中で。
 銀糸を織り込んだ袍に、花冠、背に羽ばたきたるは純白の翼。
 供に舞うのは七色の花びら、私に寄り添う優しげな天女……。
 どこに誘おうとしているのだろう……。天より遙かな……。
 ああ、私は、少年のように楽しげで、そして、
なんと安らかな貌をしているのだろう…………
 
(死ぬるのか、私は……この夢は凶兆か?)


 友雅の遠くで声がした。
「橘少将さま……少将様……」
 現に返す声が、友雅の耳に届く。
「そろそろお起き下さいませ、こんなところでうたた寝をされては困ります」
「あ、ああ……。大臣をお待ちしている間、ついうっかり眠ってしまった。ふふふ、昨夜、お楽しみが過ぎたのかな」
 友雅は微笑みながら、目の前にいる女房に言う。
「まあ、友雅様。姫様の御前でそのような……」
 顔を赤らめた女房は、御簾の向こうの藤姫を気にして言った。
「おや、これは失礼いたしました。藤姫、いつからそこに?」
「友雅殿が、すやすやと眠っておられる間に参りました。お父様がお呼びです、とお伝えしようと思って参りましたが、あまりにお気持ちよさそうなので、少し待っておりましたの」
 御簾の向こうから、藤姫のくすくすと笑う声がした。
「また私の寝顔をたっぷり御覧になった?」
「はい、それはもう。とても良い夢を御覧になっていたのですね。幸せそうになさっておいででしたわ」
「そうですね、幸せな夢でしたよ。あのような顔をして死ねるのなら悪くはない……」
「まあ、死ぬ夢を見たのですか?」
 藤姫が驚いた風な声をあげた。
「わかりません。天に召されていくような夢でしたよ。美しい袍を纏っていて、死ぬにしたって良い死に方でしょう。最近は、疫病や飢饉、それに怨霊のせいで苦しみながら死ぬ者も多いのに」
「ですから、なんとか四神を取り戻そうと…。神力を持つ者を探させていますが、弘法大師様のお力ほどにはとても……」
 その身に星の一族としての責務を感じて、藤姫の声が小さくなった。
「あまりお気になさいますな……私も神力を持つ者の噂を気に留めておきましょう。さて、大臣の所にお伺いに行って参りますよ」
 友雅はゆっくりと立ち上がった。
「あの、友雅殿、その夢は、凶兆ではないと思いますわ。お眠りになっている時、金色の靄のようなものが、御身の回りに見えましたもの」
 それは、藤姫ならではの神力なのか……、彼女は友雅の後ろ姿にそう言った。
「ふふ、それは嬉しいことです。そう言えば、天女が、私の手を引いてくれていましたよ。少し珍しい風をしていました、異国の天女殿だろうか? 童のような髪形なのですけれど、腰つきはほっそりとしていて、唇は艶やかなうら若い乙女でね、とても情熱的に私を見ていたなぁ」
 友雅は、振り返り、夢の続きを追うようにそう言った。
「友雅どのったら、夢の中でもそのようなっ」
「ともかく良い夢でした。瑞兆ならば尚更、この夢の事は忘れずにおきましょう。あの愛らしい天女の姿も、一生思い留めておきたいものですよ」
 その時、何処かで、しゃらん……と鈴の音が聞こえた気がした。
「あら?」
「おや?」
 二人は同時に微かな声をあげた。
「鈴の音が聞こえましたか? 近いような、それでいて遠くで鳴ったような……」
 友雅は藤姫に尋ねた。
「はい……友雅どのも? 心の裡から聴こえてくるようでしたわ……」
「ふ……今日は不思議な事のある日なのかも知れませんね」
 そう言いながら、友雅は空を見上げた。
 
その時、違う処で……、
舞い散る桜の木の下で、一人の少女が、呼ばれていた……遙かなる時空から……。

 


 

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