第5章 「ありがとう」


★聖地

 パチンと音がした……とクラヴィスは思った。睡眠術から醒めるように誰かがパチンと指先を鳴らしたような感じがする……と。この音を聞いたからには目を開けなくては……とクラヴィスは懸命に瞼を開けようと試みた。ぼんやりと、誰かの顔の輪郭が見える。

「あっ、クラヴィス様が! ルヴァ様、早く早くっ」

「なんですって! あー誰か女王陛下に連絡を〜」

 バタバタとした雰囲気が、だんだんと現実味を帯びてくる。

「クラヴィス〜〜よかった〜」

「ルヴァ……」

「助かったんですよ、貴方もジュリアスも、大丈夫、大丈夫なんです」

 ぼんやりしていた輪郭がハッキリし、クラヴィスは自分の回りに、ジュリアス以外の守護聖がいるのを知る。皆、一様に包帯や絆創膏をあちらこちらに貼り付けている。

「何故、あの猛火の中から……?」

「ほら、僕【どこでも次元回廊】を持っていたんです。僕はあの部屋で寝かされていて気がついたら火事になってて、慌てて逃げようとしたらジュリアス様とクラヴィス様が倒れていて……それで夢中で次元回廊を開いたんです」

「そうか……、トムサは? トムサもあの部屋にいただろう?」

「はい……僕、お二人を事件回廊の中に引っ張り込むのが精一杯で……。あの装置を使ったとたん、回りの空間に歪みが出来て、そしたら尚更、火の勢いが強くなってあの人を次元回廊に入れようとした時に焼けた天井が落ちてきて……間に合わなくて……あの、ごめんなさい」

 マルセルの目は潤んでいる。

「おめーのせいじゃないんだから、もうピーピー泣くなよ。仕方ないじゃないかよ、自業自得ってヤツなんだから」

 ゼフェルの言葉に、そこにいた全員が頷く。

「城塞島は海中に没してしまいましたよ。爆薬の設定にミスがあったんでしょう、城塞部分だけでなく土台の島にまで影響があったようです、潜水艦で逃げようとしたトムサの手下たちはディラック海沖で海面に浮上しようとして座礁、半数は助からなかったそうです。 コンチネンタルラリパッパの花は総て焼き払わせました。主星政府に処分させてもよかったんですがね、そうするときっと、サンプルを保存しようとするでしょう。絶滅させたはずの花が復活したのも過去のサンプルが不正にコピーされたせいですからね……」

 ルヴァは複雑な面もちでそう言った。

「そうか…総ては終わったのか。マルセル……ありがとう。お前のお陰で命拾いをしたな。ジュリアスも無事か……」

 クラヴィスは天井を見つめたまま、まだ苦しそうに言う。

「ええ、ジュリアスは重傷ですけれど、撃たれたのは足だけですから。意識もハッキリしていますし、大丈夫ですよ、隣の病室で眠ってますからね」

「ワタシも無事だよ〜、あの時、手当してくれてありがとね。まだちょっと具合悪いけど、アンタたちほどじゃないし、傷跡もそのうち消えるってさ〜」

 オリヴィエは努めて元気そうにそう言った。はだけたシャツから上半身に巻かれた包帯が覗いており、まだ化粧をする余裕はないらしく素顔のままである。だがその方が普段よりも数段美しい。普段の姿は道化なのかとクラヴィスが心の中で苦笑したその時、けたたましく廊下を走る音がし、クラヴィスの病室のドアがぶち壊れんばかりの勢いで開いた。

 


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