ヒジカタが潜水艇の中に消え、一人になったトムサ・ルマクトーは備え付けのバーカウンターからブランデーを取り出し、グラスに注いだ。

「琥珀色の液体は黄昏時を思い出す……雄大で美しい日没の光……全てを包み込むような……そやから、ブランデーはあの忌々しい守護聖を思い出すんや……兄ちゃんをあんなにしたあのエラソーなヤツを……」

 トムサ・ルマクトーはそう呟くとグラスの中のブランデーを一気に飲み干した。

「祝杯にはまだ早い……」

 トムサ・ルマクトーの背中にジュリアスのこんな時でも気高さを失わない声が響いた。

「おめでとう、ここまでホンマに辿り着くとはな……そやけどアンタももうお終いやな」

 トムサは冷酷な微笑みを湛えてジュリアスを見た。ジュリアスは今にも膝をつかんばかりの前屈み姿勢で、壁に寄りかかりつつ、トムサの前に進む。

「マルセルはどこだ」

 ジュリアスは部屋を見渡した。ソファの上に寝かされているマルセルの姿は物陰に隠れてジュリアスからは見えない。トムサは胸の内ポケットから小さな銃を取り出した。

「綺麗な銃やろ? ワルサーいうてなーアンティークなんやでぇ。そやけど、ちゃあんと人は殺せるで、まずは左足」

 トムサは銃口をジュリアスの左足に向けて、なんの躊躇いもなく撃つ。ズンと重い衝撃がジュリアスの足に響く。ジュリアスは自分の身に何が起こったのか理解できぬまま倒れた。それでも尚、ジュリアスは起き上がろうと必死である。

(撃たれた足の痛みはどうでもよい、このような輩の前に膝をつく事はどうあっても耐えられぬ!)

 近くにあった椅子を支えに片足でジュリアスは立ち上がる。

「では、右足も」

 トムサは今度も容赦せずに撃つ。両足を撃たれたジュリアスは立ち上がることが出来ず

ついに倒れ込む。その拍子に、一つに束ねてあったジュリアスの長い髪の革紐が弾け飛んだ。

「もう二度と立ち上がれない……次ぎは心臓を撃たせてもらおか、それともその高そうな額飾りをぶち抜いたろか」

 トムサのハンマーにかけた指が僅かに動こうとした時、再度、爆音がして強い衝撃が二人を襲った。元より床に倒れているジュリアスはそのままだったが、トムサは爆発の衝撃に壁際まで弾き飛ばされた。

「なんや? 次の爆発は三十分後のはずやないか?!」

 慌ててコントロールルーム内モニターやの計器類を見るが、もはやどれも停止している。「おい、ヒジカタ! どうなってるんや!」

 トムサはジュリアスに銃の標準を合わせつつ、叫んだ。

「返事はどうした! この部屋は潜水艦にモニターされてるはずやのに」

 トムサは机上にあるスイッチを押し続けたが何も反応はない。

「チッ、何か手違いでもあったんか、もうええ、これで終わりにしよう、ジュリアス、今度生まれてくる時は普通の人間やったらええのにな」

「私は……何度生まれ変わっても……光の守護聖だ!」

 両足を撃ち抜かれ仰向けに倒れたジュリアスは決して恐怖の色だけは顔に出すまいとトムサを睨み続けた。ハンマーが固定されたカチッという小さな音が、ジュリアスにはやけに大きく聞こえた。トリガーにかかるトムサの指が動こうとした瞬間にジュリアスは初めてその蒼い瞳を閉じた。


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