★ルヴァの執務室
数日後……。「すみませんね、わざわざお呼び立てして」
ルヴァはジュリアスとクラヴィスに椅子を勧めながら言った。
「どうしたのだ? 何か内密の話なのか?」
ジュリアスは怪訝そうに言う。
「ええ……実は最近、主星マフィアの動きに奇妙な点がありましてね、あー、私なりに調べていたのですがね」
「主星マフィアというと、残虐のジムサとかいう輩を退治した事があったな」
クラヴィスはその時の事を思い出す。オスカーとリュミエールが仲間に加わり、派手な召還技で活躍した事件だ。
「ええ、あれ以来、組織の動きが主星ではなく地方に分散されているように思えて調べていたんです。首都ルアン市からは遠く離れた田舎の村に、組織の本部を移行しているようなフシがあるんですよ」
ルヴァは机の上に主星の地図を広げた。中央にルアン市、そしてその地図の北西の辺りを指さした。ノースウェスト地方と小さく書かれいてる。
「ここがその問題の村のある辺りです。小さな村ですからこの大地図には載っていません。スミス村といいます」
「ここは……この地図では細部までよくわからぬが、海辺の近く……島になっているのではないか?」
ジュリアスはルヴァの指し示した一点を見つめて尋ねた。
「そうですね、問題の場所は、引き潮の時は陸続きになりますが、満潮時には、陸地とは切断されてしまいます」
ルヴァはそう言って、一枚の写真を取り出した。鈍い色の海を背景にそそり立つ岩の城の写真、いや城と呼ぶにはあまりにも無骨すぎる。元からあった巨大な岩盤をくり抜き空間を造り、その上に使い勝手のいいように増築を重ねた醜い城塞が写っている。
「この写真は満ち潮の時のものです。元々は陸続きだった岩山が地殻変動で切り離されてこんな風になったんです。もっとこの城塞の保存状態がよければ、観光名所や文化遺産に認定されて世に出ていたかも知れませんね」
「組織の要塞には打ってつけだな……」
クラヴィスが呟いた。
「貴方たちが以前に退治したジムサの弟トムサが、この村で育っているんです。妾腹の子で地方に追いやられていたんでしょうね。ボスだった父親が死に、その後をジムサとトムサ兄弟が継ぎ、兄のジムサがサクリア仮面の手によって改心させられて、トムサがボスになった。そして、サクリア仮面の目の届きにくい、この村にトムサは組織を持っていこうとしているのでは……と思うのですが」
ルヴァはそう言い、引き出しから主星タイムズの小さな切り抜き記事を取り出しジュリアスに渡した。
「地方版の切り抜きです。一年前にからこの村で数回に渡って火災が起きています。取るに足りない小さな火災ですが、作為的なものが感じられるんですよ。それから、これは最近の切り抜きです。私は主星でヘリとカメラマンを雇い、この村の辺りの様子を探らせてみたんです。ヘリから航空写真を取らせようと思いましてね……でも」
【ノースウェスト地方ディラック海沖にて謎の空中爆破】と見出しの書かれた切り抜きをジュリアスとクラヴィスは顔を寄せて覗き込んだ。
「撮った写真はその場ですぐにデジタルデータとして送るように言ってありましたから、数枚は無事手に入りました。これがその写真です」
ルヴァは数枚の写真を机の上に並べた。ジュリアスとクラヴィスはそれジッと見つめる。 先ほどの城塞島の近くと思われる陸地の方の野原の写真が数枚。美しい花の咲き乱れる野原が写っている。普段の生活には困らない程度の集落のようなところも写っている。ありふれた地方の村といった風情である。
「別にどうという事はなさそうだが……」
「ジュリアス、この延々と続く花の野原は、おかしいと思いませんか? 普通の野原ならばいろんな種類の花や草があって当然。それなのにこの写真では、たった一種類の紅い花だけが海に向かった丘の斜面を覆い尽くすように咲いています」
「この花々は人工的に栽培されているものと言う事か? ハッ、まさか、この花を栽培する為に放火し広い土地を確保したと? この花がそんなに価値のあるものなのか?」
ジュリアスは写真の花を見つめ続ける。
「写真では紅い花としかわかりませんでしたが、拡大を重ねておぼろ気ながらに判断すると、この花はコンチネンタルラリパッパ……」
「人を惑わす花か……その種は強い毒性を持ち、花弁は幻影を人に見せる……幻の花と聞いた事がある」
クラヴィスは呟いた。
「ええ、主星では何百年も前に、あえて根絶させたはずの麻薬の花です。だとしたら全ての符丁が合ってきます。トムサがこんな田舎の村に組織を動かそうとしている訳も。コンチネンチルラリパッパは非常に栽培の難しい花のようでしてね。条件が揃わないと麻薬成分を抽出しないただの紅い花で終わってしまう。ノースウェスト地方の気候、塩を含んだ海風、そして多くの化石が発掘されるほど充分な栄養素を含んだこの地方の土壌、全ての条件が合う」
「麻薬とマフィアの本部か……もう少し確かな証拠が欲しいな」
ジュリアスが言うとルヴァは大きく頷いた。
「ええ。だからね、私を調査に行かせてくれませんか?」
「そなたが、直接出向くというのか?」
「あの辺りは、手付かずの自然も残っているような所ですし、面白い地層も発見されているんですよ。研究者を装って行けば、一石二鳥〜」
ルヴァの小脇には【月刊考古学ジャーナル】が抱えられている。表紙には、【特集ノースウェスト地方の化石】のタイトルが見える。
「もしも本当にその村がマフィア本部と関係があるならば、そなたには危険すぎないか?」
「私ひとりの方がかえって怪しまれませんよ。それにね、あの辺りは主都から比べると田舎ですからね、いわゆる標準語とは言葉が違うんですよ。書き文字やおおよその語彙は一緒ですから大意はわかるでしょうけれど、細かい部分は判りづらいと思いますよ、私ならばなんとかその言葉も操れますから村に入り込んで細かい情報を収拾する事も可能です」
「では、出向いてもらうとするか……ただし一週間以内に戻るように」
ジュリアスがそう言うと、ルヴァは嬉しそうに頷いた。
「え〜ええ、たっぷり情報を持って帰ってきますからね〜、さ、私は旅の支度をしなくては〜。あ、ジュリアス、クラヴィス、この事はハッキリするまで皆には内緒ですよ〜」
ルヴァは、小脇に挟んだ【月刊考古学ジャーナル】のページを繰りながら、嬉しそうに言った。
「あくまでもマフィアの情報収集なのだぞ、わかっているな、ルヴァ」
ジュリアスが念を押した。ルヴァは何度も頷いたが、この時はまだ本当にサクリアーズ総出の事件になるとは思いもしなかったのである。
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