サクリア仮面2外伝・放たれたもうひとつの呪縛

 さて数日後の夜……。
 クラヴィスは、久々にサクリア仮面となってルマクトーの墓地に潜んでいた。
 別にサクリア仮面のコスチュームを着ることもないのだが、ま、雰囲気ということで、皆に言われるままに、その姿に着替えたクラヴィスだった。
 ルヴァが、あらかじめ用意していた墓地の見取り図をクラヴィスは思い出す。ストリップ劇場のある表通りから、細い路地に入った場所に墓地の正門がある。この辺りは、夜半でも人通りも多少はあり、街灯も立っているから、比較的明るい。 ジュリアスが髪の色が明るいものは不向きだ……と主張したのも、クラヴィスへのイケズからだけではなかったということになる。

 今、クラヴィスはこの正門を入った横手の茂みに潜んでいる。墓地はちょうど中央に舗装した歩道が一本作ってあり、その両脇に個々の墓が建っている。かなりな数である。トムサの墓は、この道をまっすぐ進んだ突き当たり一番奥手の区画にある。普通ならば、門から 、5分ほど歩けば辿り着けるのだが、その道沿いに防犯用の暗視カメラが設置してあったので、クラヴィスは整備された中央歩道を通らず、墓と墓の間をすり抜けて進むことにした。

 クラヴィスは、茂みから一歩を踏み出そうとしたが、マントの端が何かに引っかかった。振り向いたクラヴィスはそこに、決まり悪そうに立っているランディを見つけた。
「すみません……俺、来ちゃいました。だって俺の髪も茶色だから、目立たないと思うし。ジュリアス様は、未成年って仰ったけどもう十八だし、何かのお役に立てると思って……」
 子ども扱いされるのが嫌な年頃である。
「好きにせよ、それよりマントの端を放せ。ここで待っているのか? それとも一緒に、トムサの墓まで行くのか?」
「俺も行きます。こんなとこで一人で待ってるよかいいです」
 というわけで、クラヴィスとランディは連れだって歩き出したのだが……。
「ヒッ!」
 クラヴィスの後ろにいたランディが、引きつった声をあげた。クラヴィスは、思わず、また振り返った。白い手がランディの肩先に掛かっている。次第にそれは暗闇の中から輪郭を表す。 その手に、見覚えのある金の指輪がはまっている。
「ジュリアスか?」
 クラヴィスは、ランディの背後を見て言った。
「ああ私だ。そなたを心配して来たのではないぞ。ランディが抜け出したらしいと聞いて追って来たのだ。ここは風紀がよくないからな。」
 ジュリアスは、ランディを睨み付けながら言った。
「お前の髪は、暗闇にはまばゆすぎるのではないのか……む? 何か被っているのか?」
 クラヴィスは目を凝らして、ジュリアスの頭部を見た。
「ルヴァが用意してくれたのだ、私の髪を包み込む特別な帽子をな。些か変わった形ではあるが、暗闇に紛れるには便利な異星の帽子だそうだ。ランディ、今回の単独行動の事は後で覚悟するがいい。しかしそなたの気持ちもわからぬ事もない。クラヴィス一人だと何があるかわからぬからな。さぁ、グスグスしている間はない、トムサの墓に急ごう」
 ジュリアスは澄ました顔をし、クラヴィスの前に出た。ランディは頭を掻きながら最後尾についた。
「ランディ……、今度ルヴァから『鞍馬天狗』という書物を借りてみよ……」
 クラヴィスは振り返って、ランディに言った。
「は? クラマテング?」
「ああいうヤツが出てくる……ジュリアスはどうやら大衆文学には疎いようだな」
 クラヴィスは、肩を震わせながらジュリアスの頭を指さした。
「はぁ。書物に出てくるなんて、神話か何かの帽子なのかな……奇妙な形ですよね、イカみたいな……でもああいう便利なものがあるなら、別にオリヴィエ様やリュミエール様が来てもよかったのになぁ……」
「ふん、結局、あやつは自分で行動せねば気の治まらぬタチなのだ」
「そなたたち、何をヒソヒソ話しているのだ、早く来ぬかっ」
 ジュリアスは、お構いなしに二人を促した。身を潜めつつ三人は、ようやく墓地の奥にあるトムサの墓前に辿り着いた。
「クラヴィス……どうだ、何か見えるのか?」
 ジュリアスは、ランディからも遅れを取り、最後尾で俯いているクラヴィスに声を掛けた。
「うう……うう……」
 突如クラヴィスは苦悶の声をあげる。
「クラヴィス様、ご気分が悪そう……大丈夫ですか?」
 ランディはクラヴィスの顔を覗き込む。
「お前たちは見えぬからいいが……さっきから……この墓地にはロクな死に方をした者はいない……う……」
「主星マフィアの一味の墓地だからな、しかし、どんな死に方をしたかまで判るのか?」
「悔いや恨みを残して死んだ者は、死んだ時の姿のまま、出てくる場合が多いのだ」
「ええっ、じゃ、この墓の幽霊なんかどんな風に見えてるんですか?」
 ランディは、傍らの墓石を指さした。
「コンクリートに半身埋まってる……」
 クラヴィスは、その墓石から顔を背けながら言う。
「お、俺、見えない体質で良かった……ああっ、じゃ、クラヴィス様、トムサは……」
「何だ? ランディ」
 突然叫んだランディにジュリアスが問う。
「トムサの最後はマルセルの話だと、火のついた天井の下敷きになったんですよ、でもって、その後は要塞島は爆発で水没したから、火攻め水攻めな最後って事ですよね……」
「うむ。確かに屍は悲惨な状態であっただろうな。ランディ、私も見える体質でなかった事は喜ばしく思うぞ」
 ジュリアスとランディはお互いホッとしたように頷き合った。
 その時、どこからか冷気が漂い三人を包み込んだ。霊感のないジュリアス、ランディでさえ、ぞくり……とするような。
「トムサか……」
 クラヴィスは呟く。そしてトムサの墓前に歩み寄った。
「もうよい……お前の気持ちはわかった……何もかも忘れて眠れ」
 クラヴィスは、幼子を宥めるような優しい声で語りかける。
「クラヴィス様、勇気あるなぁ……どんな風になってるか知らないけど、ドロドロでグチャグチな死体に向かって、あんな穏やかな声をして語りかけることが出来るなんて」
「ああ、確かにそれは感心する」
 この時ばかりはジュリアスも素直に頷いた。

「……うむ、そうか……それは心残りであったろうが……」
 クラヴィスはしばらくトムサと話し込んでいたが、深く頷くと両手をゆっくりと挙げた。
「まあ、とりあえずは、安らぎのサクリアを……」
 クラヴィスの体が一瞬、ぼうっと光る。そして、辺りは沈黙に包まれる。やがて先ほどまでの冷気がかき消えた。と同時にクラヴィスはその場にガクリと膝をついた。
「クラヴィス様!」
「サクリアを放った時の消耗だ、大丈夫だ」
 クラヴィスはそう言うが、激しいめまいに立ち上がることが出来ない。

「ランディ、この【どこでも次元回廊】を開いてくれ。少し狭いが大丈夫だろう」
 ジュリアスは、上着のポケットから小さな装置を取りだし言った。
「あ、俺も持ってます。ジュリアス様のは古いみたいですよ。俺のは【どこでも次元回廊Ver1.45】です。今度のは、 聖地の森の入り口付近じゃなくて、ちゃんとサクリアーズ指令本部に直結できるようになってるんですよ」
「確かに、私のは、Ver1.00だ、いつの間にバージョンアップしたのだ。差分ファイルをよこすようゼフェルに言わねば……」
「ゼフェルの裏サイトにあがってますよ。俺は、ゼフェルからのメールに添付されてたんですけれど、ジュリアス様は、自分でダウンロードしてこないといけない のでは……」
 ランディは、何故かとても気の毒そうにジュリアスを見た。
「………………」
 むっとするジュリアスに、ランディはあわててスイッチを押す。
「え、えっと……スィッチオンッ、……ジュリアス様、クラヴィス様、回廊が開きます。もっとこちらへ、そこは空間が、歪になってきます、ああ、墓が崩れる……」
 三人を取り込んだ次元回廊は、周囲の墓をなぎ倒して、あっという間に消えた。
 

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