緑の館の二階。一番奥の部屋が僕の私室。 窓からは、季節の花が咲き乱れる裏庭が見える。その片隅に白い綺麗なブランコが、置かれていて、その様はお伽話しの挿し絵のようだ。最初、そのブランコを見た時、僕は本当を言うと少し嫌な気持ちがした。もう子どもじゃないのに、ブランコなんて……と。でも、そのブランコは、僕の為にわざわざ用意されたものではなくて、カティス様が守護聖になる前からこの緑の館にあったものだった。
『実はな、あのブランコは、ジュリアスとクラヴィスのものだったんだ。当時の緑の守護聖は大層、幼い彼らを可愛がっていて、自分の館でも遊べるようにと作らせたものらしい。取り除いてしまおうかとも思ったんだが、なかなか絵になっているだろう。何回もペンキを塗って大切にしてきたんだ。ブランコがあの二人のものだった、と言うことは誰にも……』
カティス様は小声でそう言うと、内緒だぞと言うように人差し指を唇に押しあてた。その話を聞いた時、カティス様が、去られるまでの短い引き継ぎの時間に早く聖地に慣れなくっちゃ……と思っていた僕は、少し肩の力が抜けた気がした。首座の守護聖様であるお二人が少し身近に感じられて……。
窓の外の裏庭から視線を部屋に移した僕は、散らかった荷物の山に溜息が出た。
「よう、荷物の整理か、大変だな」
僕の様子を見に来たカティス様は、散らかった部屋を見て言った。
「大きなものは片づけたんですけれど、細々したものがまだなんです」
僕は、自分の足下に積み上げられている本や手紙類やアルバムを途方に暮れながら見つめた。
「わかるぞ、ついつい読み返したりしてな、ん?」
僕に近づこうとして、何かを踏んでしまったらしいカティス様は、それを拾い上げた。銀の鎖のついた半分に割られた形のコインのペンダント……。
「すまない、大事なものだろうか、踏んでしまった。……これは?」
カティス様はそこに彫られてある文字を見て言った。
「あ……」
僕は少し恥ずかしくなった。そのペンダントは、故郷を去る時に、大好きだった友達に贈るために買ったものだった。
「ほう。これはペアアクセサリーというヤツだな。二つが合わさるようになっているんだろう。お前も隅に置けないな、ふふ、どんなお嬢さんに貰ったんだ? これにはBESTと彫ってある、もうひとつにはLOVEと書いてあったのかな?」
「LOVE なんかじゃないです。もう一方にはFRIENDって彫ってあったんですよ」
僕は少しむきになって答えた。それは本当だった。それを買ったお店には、いろんな形の物や、言葉だって沢山種類があったけれど、僕は結局、BEST
FRIENDと書かれたそれを選んだ。
「じゃ何故赤くなったんだい? 相手はやっぱり女の子なんだろう?」
「そうですけど……でもお別れの記念にあげただけで……」
「ほう、お前から贈ったのか……やるじゃないか。ちょっと気になる子だったんだな。寂しい思いをしたんだな……」
「いいえ。一度も話したことのない子だったから。僕が聖地に行く事になって、思い切ってお話しできて良かったんです」
そう。いつも遠くで見ているだけだったから……。でも最後にとても嬉しそうな顔をしてペンダントを受け取ってくれた。
「そうか。いい思い出になるといいな、大切にな、マルセル」
カティス様は、にこにこしながらそう言うと、僕にそのペンダントを返してくれた。
「はい、大切にしまっておきます……」
そう答えた僕の頬は、まだ赤かったかも知れない。僕はペンダントをポケットに入れた。
「なぁマルセル、そういうものは主星や飛空都市でも簡単に買えるのかな?」
カティス様は尋ねた。
「僕は、主星や飛空都市にはまだ行ったことがないからわからないです。でも、僕の故郷では、学校の近くなんかにあるような普通のアクセサリーのお店や公園の出店で買えました」
「そういえば飛空都市の公園は日の曜日にはバザールが出ていたな。今度の休みに一緒に行こうか」
カティス様は、何かを企むように微笑んだ。
「カティス様、こんなペンダントが欲しいんですか? 誰かにあげるんですか? 恋人なのかなぁ。大人の人にこんなのあげたら嫌われちゃうかも知れませんよ。ダイヤモンドとかのついた本物のにしないと」
僕にとっては、そのペンダントは安いものではなかったけれど、大人の、それも守護聖様がする贈り物ではないと思うけれど……。
「ちょっとな、いいことを思いついた。いいんだ、俺の愛すべき大きな子どもにやるから、こういうのでいいんだ」
「大きな子ども?」
「ああ、本当にデカイんだがなぁ。二人とも子ども並に意固地で純粋なヤツらなんだ。クックック」
カティス様はそう言うと楽しそうに笑った。
「聖地のお別れの印にプレゼントするんですね。その子たち、喜ぶといいですね」
僕は何か変だなと思いながら、カティス様の笑顔を見てそう言った。
「そうだな。本当に喜んでくれると嬉しいんだがな……」
ふいにカティス様は遠い目をした。
今まであまり見たことのないお顔だった。それは一瞬のことだったけれど。
きっとカティス様は聖地を去るのがとっても寂しいのだと思う。
いつも笑ってらっしやるけれど、本当はとても……。
FIN
あとがき |