(どうしたもんだか……)
俺は溜息をつきながら、左隣に座っているジュリアスを見た。
繊細なレリーフの入った小さなカップを、摘むようにして持ち上げ、澄ました顔をしてエスプレッソを飲んでいる。しかし、眉間には微かに皺が寄っているぞ。
今度は右隣に座っているクラヴィスを見た。こちらはまったくの無表情でアイリッシュコーヒーを飲んでいる。いつものクラヴィスと変わりないと言えば変わりないが。
『今度の日の曜日に主星に行かないか? 聖地を去るに当たって特に世話になった館の執事に、何か記念になるような贈り物を買いたいんだ。よければ一緒に選んでくれないか』
そう言って俺は、ジュリアスとクラヴィス、それぞれに声をかけた。その時は別に何も画策していたわけではなくて、たまたまそういう風になってしまっただけだったが。
「なぁ……確かに三人で……とは言わなかった俺が悪かったが、機嫌を直してくれよ」
俺は沈黙に耐えきれずそう言った。
「機嫌などそこねてはおらぬ。そなたと主星に出掛けることもこれで最後となろう。誘ってもらって喜んでいるぞ。このものはどうだか知らぬが」
このもの……クラヴィスをチラリと横目で見ながら、ジュリアスは口元だけは微笑みながらそう言った。
「私も充分、楽しんでいる……」
クラヴィスはジュリアスと視線を合わせることなくそう言った。
「やれやれ……お前たちがあくまでもそう言うなら、気を使うのは止めだ」
俺はそういうと自分のウィンナコーヒーに口をつけた。
とその時、見目麗しい女性たちが、俺たちの横のテーブルに座った。チラリとこちらを見たお嬢さんに、俺は目元で挨拶した。向こうも三人組、これはいい。
「おい、これはチャンスだぞ、こんなに気持ちのいい天気、オープンカフェで男三人だけだなんてつまらんだろう。ジュリアス、お前、声をかけろ」
「何を言い出すのだ。誰の紹介もなしにいきなり女性に声をかけるなど失礼ではないか」
ジュリアスは隣の女性たちに聞こえないように小声で言った。
「美しい女性に声をかけない方が失礼と言うもんだ。クラヴィス、お前行け!」
するとクラヴィスは邪魔くさそうに、椅子を少しずらすと座ったままの姿勢で、隣の女性に声をかけた。
「一緒に茶でもどうだ? この者が奢るそうだ」
と俺を指さし言う。愛想もヘッタクレもない。ほとんど脅しにさえ聞こえる。女性たちは俺たちを見回して、困惑した顔付きで、ヒソヒソと話し込むと、何やら引きつりながら去っていってしまった。俺たちは、一人一人だったら、素敵と言ってもらえたのかも知れないが、三人揃っていると、どうも『濃い』らしい。また沈黙が俺たちの間に広がる。
「カティス、買い物は済んだ。そろそろ聖地に戻るべきではないか?」
ジュリアスはチラリと時計を見て言った。
「帰りたいものは帰ればいい。私はカティスに付き合う」
クラヴィスはいつになくハッキリとした口調でそう言った。あきらかにジュリアスに対するイヤミだ。
「私とて今日はカティスに付き合うつもりで来たのだ。何か予定があるなら、もちろん同行するつもりだ。たとえそなたが一緒であろうともな」
ジュリアスは俺を見て、作り笑顔でそう言った。ハァ……。そこで俺はちょっとした悪戯を思い付いたんだ。
「……ジュリアス、ちょっと鍵をかしてくれないか?」
「私の鍵をどうするつもりだ」
ジュリアスは上着のポケットから鍵を取りだした。ラピスのはめ込まれたキーホルダーに金色の鍵がついている。
「クラヴィス、お前のも出せ」
「……」
クラヴィスは無言で、ズボンのポケットから鍵を出した。こちらはアメジストのキーホルダーに銀の鍵。
「さて……これはお前たちの鍵である。この鍵がなければ聖地には戻れない……」
俺はキーホルダーを残して鍵だけを取り外した。鍵は星の小径や次元回廊と連動している。キーホルダーの部分は居場所を聖地に伝える発信器がついている。
「何をいまさら言うのだ。あっ、カティス、何をっ」
ジュリアスが慌てて立ち上がった時、俺の姿は半分消えていた。
「では、俺はお先に帰るとするよ。明日、迎えにきてやるから、ジュリアス、クラヴィス、今夜はハメを外せよ、わっはっはっ」
……さて……翌日。
あの二人があの後、どうしたか、俺はいろいろと想像してみたんだが。できれば、酒でもしこたま飲んで、どこかの美女と良い所に時化込むくらいはやって欲しいところだが、あの二人の事だ。あの後、不機嫌なまま、どこかの豪華なホテルにそれぞれ部屋を取って、まあ、夕食くらいは一緒に食べたかも知れんな。それでいいんだ、もっと話し合う機会があればいいんだ。あの二人はすれ違っているだけだから、接点さえもっと多かったら、とてもいい友に戻れるはずなんだから。聖地を去る俺のちょっとした悪戯だから、昨日の事は許してくれるよな……二人とも。
俺は二人から奪った鍵を握りしめた。王立研究院の奥にある『移動の間』に入ると、俺は二人のいる場所に転送してくれるよう指示した。まだ朝が早いが、寝込みを襲ってやるのも一興だしな……。
「な……」
俺は絶句した。予想に反して、俺の辿り着いた場所は、ダブルベットとティーテーブルがひとつしかない、場末のビジネスホテルの一室だったのだ。そのベッドで、薄い毛布を奪い合うようにして、窮屈そうに二人が眠っていた。ジュリアスの衣服はきちんと畳まれて椅子の上に置かれている。クラヴィスの方は、ベッドの下に散乱している。とりあえず、二人ともパスローブを着たまま眠っているようだ。だが、なんとなく二人の手足が絡んでいるように見えるのは、あながちこのベットが狭い……だけではないのかも知れないし……。おいおい〜。
「ふうん……この状況はどう見るべきか……」
俺は二人の鍵をテーブルの上にそっと置くと、再び聖地に戻った。
さて、あの二人にゆうべ何があったか……。二人の口を割らせるのに、俺はとっておきの年代もののワインを三本ほど犠牲にしなくてはならなかったのだが、この続きはまた今度……。
そのうち続く……(^^; ああ、来年に続くオチはワタクシの専売特許ッ。(ハッ、殺気)
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