scene:5 【夕暮れ】 | |
クラヴィスは、先刻までの事を思い返していた。 女王試験が中盤に差し掛かった頃から、何度かアンジェリークに誘われて庭園で過ごしたことはある。だが、それはあくまでも大陸育成の事や、女王候補としての考え方などを評価するための、日の曜日の儀礼的なものだった。 だが、今日は、クラヴィスの方から、彼女を誘った……そして庭園で話しをした。 “何を話したかはよく覚えていない……たわいもない話をした……いや、会話になっていたのかどうかも判らない……アンジェリークが一方的に話し、私はそれに相づちを打つ……ただそれだけだった気がする。アンジェリークはよく笑う。些細な事にも喜びを見出せる性格なのだろう。ああ、そうだ、笑っていたのは私もだ。私が笑ったから……アンジェリークも楽しそうにしていたのかも知れない……だから、今日は気まずい感じはなかったのかも知れぬな……” と、クラヴィスは思う。 楽しかった……と呟きそうになるのを押さえて、クラヴィスは顔を上げた。 日が暮れる……。 いつも締め切ってあるカーテンの僅かな隙間を突いて、オレンジ色の光が一筋入り込んでくる。クラヴィスはそれを見るのが好きだった。夜になる前のほんの数十分の間、暖かい飲み物を手にしながら、それを見る。戯れにその光の筋の中に身を置いてみる。笑っている彼女と同じ ような暖かさで、一筋の光は、クラヴィスの体の前で留まる。 楽になりたいと願う気持ちが、強い欲望となってクラヴィスの心を支配しようとする。 だが、クラヴィスは瞳をきつく閉じた後、それを振り払うように頭を振った。 “まだだめだ……まだ私は……を支えていなければならない、総てが終わるまで……。 さあ、夜よ、来い! 悲しみも苦しみもこの身に降り注ぐがいい……” クラヴィスの顔からは先刻までの穏やかな表情が消えている。まっすぐに延びていた光の筋が、雲間に隠れ消えてゆく。夜の帳が、降りてくる。飛空都市にも、聖地にも、そしてクラヴィスの心にも。 |
|