5

 
 だが、しかーーし、入社の翌日から彼は、その語学力が見込まれ、宇宙に名だたるウォン・グループの各関連会社やら取引先やらを訪問する幹部の通訳として、あちらこちらを出張する日々が始まり、チャーリーと大した接点の持てぬままに三年が過ぎてしまったのである。その間に、まだ残っていた美少年の面影は消えて、美青年へとなり、年齢とともに生活は落ち着き始めた。社長を落としてみよっかな〜……という軽いノリは消え失せて、本当の出逢いを求めるお年頃となったのだった。

 この出張が終わったら、しばらくは内勤のはず。本気でチャーリー・ウォンにアタックするかな……、そう思っていた彼に、運命……と書いてルビはディスティニーな出逢いが訪れる。

 長期出張から戻った彼は、デスクの上にとあるファイルを発見する。昨年度から取り引きが始まったとある辺境地の惑星に関する資料で、翻訳部でもこの星の言語を扱えるのは 彼しかいない。レイモンドがファイルを開くと、既に訳された資料が挟んであった。幾つかの箇所に付箋がしてある。
「これ……誰が訳したんだい?」
「社長付の秘書……少し前にザッハトルテ副社長の後任でブレーンに入ったジュリアスだよ。君のいない間、辺境域のものを訳すのを手伝って貰ってたんだ。噂では社長の遠縁らしい。付箋の箇所について尋ねたいことがあるって言ってた。あ、仕事とは関係ないけど、滅多にいない男前だよ」
 軽くウィンクしつつ同僚が言った。
「ふうん……」
 と軽く相づちを打ちつつ、レイモンドはジュリアスへと社内ホンを掛ける。
「はい。ジュリアスです」

 ジュリアスです、ジュリアスです、ジュリアスです、ジュリアス……
 
 な、なんなんだ、この美声は…… と思いつつ、レイモンドは、出張から戻った事を述べ、手短に自己紹介をした。

「付箋の箇所の訳が、前後の繋がりから見て少しおかしいように思うのです。もしお時間が宜しければ、今から翻訳部に伺っても良いでしょうか?」
 社内ホン越しにジュリアスが尋ねる。
「ええ、かまいませんよ」
 とレイモンドは、軽く答えた。この時はまだ。

 綺麗な言葉使いが美声と相俟って、イメージだけが先行するけど、実は大したことないものなんだよね。声の良さが加点されてるから 、男前と錯覚するんだ。せいぜい並みの上程度ってとこでさ。あ、でも僕の好みのワイルドな感じだったら嬉しいけどさ

 しかし、レイモンドのこの心の呟きは、数分後に粉砕される。翻訳部の自動扉がフシュッと軽い音を立て開いたその瞬間に。
 
「レイモンドさん?」
「あなたが、ジュリアス……さん?」
「ええ。どうぞよろしくお願いします」
 
 差し出されたジュリアスの手に、そっと触れて微笑むレイモンド。それはもはや、仕事上の挨拶の握手ではない。レイモンドはジュリアスを、翻訳部内にある応接室へと誘う。
 
「おいおい、社内の人間に応接室かよ〜?」
 と同僚からツッコミが入ると、「すまないね。この言語は、やっかいな古い言語体系に属しているからね、集中したいんだよ」
“てめー、訳せるもんなら訳してみやがれ、主星近隣の機械翻訳並みの語学力しかないくせに”

 思考ダダ漏れで、言い返すレイモンド。応接室に入り二人きりになったレイモンドは、躙り寄りたい気持ちをひた隠して、スマートに振る舞う。

「では、ジュリアスさん、始めましょうか。まず付箋の一つ目……。この単語は、本来、保留という意味で使われていましたが、ここ数年、仮契約のひとつ前の段階……口約束程度のものを示す単語として使われています。後の付箋の部分もそんな風に古言からここ数十年の間に変化したものばかりです。後でまとめて表にしてお届けします」
 
この手のタイプにはお色気は通じない……とレイモンドはその本能で判断し、まずは仕事での信頼関係を築く作戦に出たのだ。
「ああ、やはりそうでしたか……。勉強不足でした」
「いいえ、大したものです。この資料の後半部分、古文からの引用らしく僕にもお手上げでした。直接取引に関わることではないから後回しにしていたんです。助かりました」
「お役に立てて良かった」
「社長のブレーンの仕事もお忙しいでしょうけど、これからもお教え戴けたら嬉しい」
 レイモンドはガッシッとジュリアスの手を握りしめる。

 少し逞しい体つきの野性的な男が好み……だったはずのレイモンドだが、この日を境に彼の理想のタイプは、長身の金髪碧眼、上品で知的、名前はジュリアスと変わる。そして、チャーリー・ウォンを落とすことなど最初からから考えもしていなかったかのように消え失せた。
 
 

■NEXT■


聖地の森の11月  陽だまり ジュリ★チャリTOP