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 そして、今日がクリステイーヌ、二十四歳、最後の日……。
 
“もういいわ……チャーリー・ウォンで”
と受付で来客に笑顔を作りながら彼女は思った。自分とチャーリー・ウォンとなら、一応は美男美女カップルと言われるレベルだし、何よりあの財力が超魅力的。
“決めたわ。落とすわ!”

 今まで仕事はキッチリとこなしてきたつもりだし、社長からから見た印象は悪くないはず。必要以上に接点は持たなかったけれど、明日からは違うわ……と彼女は決意を新たにした。女子社員たちの情報網で彼の好みは把握してい た。パーティや上流階級の付き合いで派手目な美人は見飽きているらしく、ショートカットの知的キュート系が好み。この点がちょっと彼女にとってはネックだが、そんな ものは服や化粧でどうとでもなると思うのだった。ゆるやかなウェーブのかかった自慢のロングヘアも、今日会社帰りにカットして彼好みにすると決意した。
 彼女がいかにしてチャーリー・ウォンを落とすか作戦を練っていると、エントランスにその本人がご登場。彼の専用エアカーが停まった。警備員兼ドアマンたちが卒のない動きで 迎える。
「あら。いつも出社は地下駐車場に入るのに、正面に横付けなんて珍しいわね。まあ、いいわ、さっそく、とっておきの笑顔でも作るか……」
 受付のブースから立ち上がり、頭を下げたままチャーリーが通り過ぎようとするのを彼女は待った。
 絶妙のタイミングで顔を挙げて目を逢わせて、微笑むのよ!
 カツカツと足音……が複数の重なる。誰か客人でも連れているのかしら? と思いつつ、彼女は顔を挙げた。
「おはようございます」
 にっこり……と笑った顔が、思わず張り付く……。

“だ、誰ッ、誰なのッ、社長の半歩後ろにいるこの男性は?!”

「おはよう〜。あ、ついでやし、紹介しとくわ。今日から俺のブレーン入りしたジュリアス様……えーーっと、ジュリアス様、そうっ、ジュリアス・サマーや。ザッハトルテの後任や。ジュリアス様、彼女はウチのナンバー1のべっぴんさんでクリスティーヌ嬢。ミス主星やったんやで。ものすごー美人やろ〜」
 と方言全開でチャーリー・ウォンは言った。やはりこの方言はムシズが走るわ……とクリスティーヌはげんなりした。……が。
「ジュリアス……サマーと申します」
 とジュリアスの声がフロアに響く。
 ザッパーーーン……と、クリスティーヌの心に高波が押し寄せる。かつて自分の出逢った中に、こんなにも深く響く声で話し、こんなにも高貴に微笑む男性がいたであろうか!と。
 
 運命と書いてルビはディスティニー!

 彼女は微笑んだ。ミス主星コンテストで審査員に投げかけた以来の、とっておきの微笑みを、ジュリアスに。

「はじめまして、ジュリアスさん」
 そっと手を差し出し握手を求めた。指の角度は完璧だ。緊張させた指先は、相手の手に触れたとたんスッと力を抜く。男性は、ふわりと柔らかくなった指先に思わず、少し力を込めてしまう……はず。けれど、ジュリアス……違っていた。
「本当にお美しい方だ。どうぞよろしく」
 と言った後、差し出された手に軽く触れた後、つ……と持ち上げてジュリアスはほほえんだ。その一連の動作のスマートなこと。
“パーティの席でもないのに?! でもでもでもっ、こんな挨拶が、会社の受付で自然
に嫌みもなく出来る人って!!!!”

 
 ジュリアスの横ではチャーリーがギョッとした顔をし慌てている。
「い、いや、その、ちょっとその挨拶は社内向きと違うよーーーな、えーーっと、あのクリスティーヌ、これセクハラとかと違うよ。ジュリアス様は、ずっと余所の星に住んでて貴族の出でな、そこでは、えーーっと、これがフツーの挨拶やってん。と、いうわけでやな、まあ、よろしゅう〜〜」
 チャーリーは、ジュリアスと私をひっぺがすように引き離し、去っていった。
 
“何すんのよーっ、いいところでぇぇ。何がセクハラちゃう……なのよっ。彼ならセクハラ上等よッ! なんならこのまま押し倒されてもいいわよッ”

「すまない、チャーリー……」
「パーティとかならエエんですけども……いや、アカンッ、パーティでもジュリアス様があんなことしたらアカン〜のですっ。ぶつぶつぶつ……」
 二人が去っていく……。
 
 社長の事を、チャーリーだなんて呼び捨てにしたのは何故かしら……それに社長ってば、何か彼に気を使ってる感じだし……。でも……ともかく、ジュリアス・サマー……素敵な人……これは情報を集めないといけないわ! 

 しかしジュリアスについての情報は、彼女が動くまでもなく勝手に集まってきた。
 ジュリアスは、ともかく目を引く存在だった。女性だけでなく男性からも「何者?」と思われ、あちらこちらの部署から集まってきた情報はこうだ。
 主星の貴族層出身だが、親の仕事の都合で幼少時に辺境の他惑星へ移住。
 そこでは経済格差もあり王侯並みの生活をしていたらしい。
 些か浮き世離れした雰囲気は、そのせいのようだ。
 現在は社長チャーリー・ウォンの邸宅に同居中。
 どうやら社長とは遠縁にあたるらしい。


「なんとなく目の辺りが似てるじゃない? 親戚だとすれば、ジュリアスが社長の館に同居してても、ファーストネームで呼んでても不思議じゃないし。たぶん、母方の親戚だと思うわ。ほら、社長のお母様って 、若いときに離婚されたらしいでしょ。詳しくは漏れて来ないけど、余所の星で、かなりの身分の方と再婚されたらしいのよ。だから表立って親戚だと紹介し難いんじゃないかしら」
 人事部の女性社員の流した憶測は、アッサリと社内に浸透した。
 
 ミス主星として参加したパーティで貴族の人たちと接しこともあるし、お付き合いしたこともあるけれど、ジュリアスの仕草は、言葉使い、身に付けているもの……総てが庶民レベルのものじゃない。貴族層でも足りないくらい、王族って言ってもいいと思うわ……そう思う彼女だった。

 ジュリアスがあまりにも一般人として異質な感じがして、さすがの彼女もすぐに彼に手を出せなくなった。辛うじてファーストネームを敬称なしに呼び合う所まで三ヶ月もかかる有様。

ジュリアスをゲットするには焦りは禁物よ、クリスティーヌ。彼女は自分に言い聞かせた。

同じ社内にいるんだもの、いくらでもチャンスはあるわ! と。
 

■NEXT■


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