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 リチャードソン・ザッハトルテは、その優秀さで二十歳で主星大学を卒業し、ウォン・セントラルカンパニーの財政管理部に就職が決まった。入社日当日、紺色のスーツ姿も初々しい前途洋々のこの若者は、急に社長室に呼び出された。それが総ての始まりだった。
 
「ザッハトルテ君、すまん、ワシ、君の事、最初から目ェつけててん」
 方言丸出しでウォン財閥二代目はいきなり頭を下げた。リチャードソン・ザッハトルテは、就活マスターと言われるほど各企業から引く手数多の状態だったので、もしかしたら自分の知らない所で、ウォン財閥入りを仕組まれていたのだろうか……と思った。
 
「どういうことでしょうか? 何か他の企業との間に取引のようなものがあったとしても私は気にしません」
 本当に彼はそう思っていた。辺境の貧しい惑星出身のザッハトルテは、待遇面で一番恵まれていると思ったからこそウォンに入社したのだ。加えて、卒業と同時に結婚もしている。多少の事があっても高収入にはかえられない。
「いや。そうやないんや。ワシな、うんと若い秘書が欲しかったんや……君はまだ二十歳。その上、とても優秀な人や。ルックスは地味やけど、背ェも高いし、よう見ると顔立ちも整ってるしな……」
 かしこまった顔をしてそういう脂ぎった中年男の視線を、マトモに受け止めたザッハトルテは、そういうことだったのか……と愕然とする。ここでこの男のいいなりになれば出世街道は乗ったも同じ事、だが拒絶すれば、速攻で路頭に迷うことになる。大学のゼミで知り合った妻は、弁護士としての第一歩を踏み出していて 、家計は独立採算制だからいきなり生活に窮することはないが、故郷にはまだ幼い兄弟がいて親は仕送りを期待している。 第一、入社一日目にしてセクハラを受けてクビだなんてあんまりである。そうなったら弁護士の妻に依頼して裁判を起こしてやる!……頭の中で様々なことをグルグル させていると、その僅かな合間に、二代目ウォンはもうザッハトルテの側に寄っていて、猫なで声で、「ちょっとここに座り。な、座り」と、彼の肩を押して、ソファに座らせようとしていた。
「わ、私はっ」
 慌てるザッハトルテを無理矢理座らせると、その横にウォンはササッと座った。
“どうして横なんです?! 前に座って下さいぃぃ〜”
 ザッハトルテはソファの端に体を捩る。そんな姿を気にも留めず、ウォンは語り出した。しんみりと……。
「ワシなあ……ずっと、独り身なんや。十年ほど前、息子が生まれてすぐに嫁はんと別れてから……」
“だからと言ってどうして私なんですぅぅ〜。私はつい最近結婚したばかりなんですよぉっ。貴方だって普通に女性と結婚してたんなら、別に男の私でなくても〜〜”
「ワシ、最初の結婚は早ぅてな。同郷の子と十八の時にしたんや。愛しとった。心から。やっと会社もそこそこ大きくなって本拠地を主星星都に移したとたん、病気で死んでしもうたんや。まだ三十にもならんうちに……。それからしばらくは親父と会社をもっと大きくするのに奔走しとってな、金回りがようなってきて寂しさから女遊びもお盛んになってきたんや」
“じゃあ、そのまま女遊びを続けていればいいではないですか〜〜、何も男にまでジャンルを広げることはないでしょう〜〜”
「何回か婚約くらいはしたけど、結局、縁は長続きせぇへんでな。やっと十二年ほど前に、もの凄いべっぴんで若くて頭も切れる女と結婚できたんや。それがワシの一人息子、チャーリーのオカンというわけや」
“もの凄いべっぴんで若くて頭も切れる女を、オカンというのはどうかと……”
「でも、チャーリー産んだら出て行きよった。『貴方は結局、息子が欲しかっただけよ。この私に似た美貌と明晰な頭脳、それに自分の商才を受け継いだ息子がね』って言われてな。その通り、図星や。結局、ワシが愛してたんは一番最初の嫁はんだけやったんや。その女は、どこやったかの惑星で女優になって知名度あげて選挙に出て 、今は議員さんになっとる。ついでにその星の王族の一人と再婚しよったから、ワシの子を産んだことは、トップシークレットや。誰にも言うたらアカンで。 バラしたら命の保証ないらしいで」

 入社一日目にして、自らの口から大暴露されるウォン財閥代表の言葉に、ザッハトルテは呆然とし一言も言葉を返せなかった。

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