話しは少し前回から戻る……。
カフェ・ド・ウォン 聖地店。営業時間は午前8時から午後6時までと、些か短い。丸テーブルが8つの小さなカフェは、開店と同時に聖地の住民たちの、新たな憩いの場となっていた。ウェイトレスは、女王宮殿の女官見習いの者たちの中から、希望者を募って選んだ者たちが交代でしている。平日、時間のある時には、チャーリーが、ギャルソンとして店に出ることもある。
さて、日の曜日の夕方、チャーリーは庭園の出店の方を、片づけるとカフェの様子を見にやってきた。もう閉店間際とあって、お客は少ない。
「いつも来るカップルと……あれっ、あれは光の守護聖さんと違うかな……守護聖のお衣装と違うけど」
カフェが見える小径から、チャーリーはジュリアスらしき姿を見つけると、一目散に駆けて行った。
「やっぱりや! 来てくれはったんですね。ありがとうございますっ」
チャーリーは頭を下げて礼を言った。
「ああ。通りかかったのでな。なかなか美味しいぞ」
ジュリアスはカップを少し持ち上げて言った。
「よかった。来てくれはるかどうか気になってたんです」
この店がオープンしてかれこれ二週間が過ぎていた。
「しばらく忙しかったもので失礼した。他の守護聖たちも来ているか?」
「はい。オリヴィエ様は一番に来てくれはりました。ランディ様、ゼフェル様、マルセル様はしょっちゅう寄ってくれたはるみたいですし、リュミエール様とオスカー様も何度か。ルヴァ様も通りすがりに寄ってくれてはるんですけど、なんでかいつも満席みたいで」
チャーリーは、ルヴァに申し訳そうに頭を掻いた。
「不義理をしていたのは、私とクラヴィスくらいのものか。皆、楽しんでいるようでよかった。クラヴィスにも顔を出すように言っておこう」
「いえ、クラヴィス様は大得意さんですわ」
「何っ?」
「よう飲みに来てくれたはりますよ」
「あれがか?」
「はぁ。なかなか面白いエエお人ですねぇ」
「それは人違いではないか? クラヴィスというのは、長身で長い黒髪の愛想のない……」
「闇の守護聖はんですやろ。時々、ふっ……って笑わはる。お前は面白い……って言うて俺の話をよう聞いてくれはります。ここだけの話し、あのお方、あんな渋めの雰囲気やのに、ちょっと天然入ったはりますやん。アイリッシュコーヒー飲んだあと、いつもちょっとウトウトして行かはったりして」
「…………クラヴィスがいつも来る時間は何時頃なのだ?」
「えーっと、昼過ぎ……1時すぎあたりから3時くらいです」
「クッ……やはり、執務中か……」
思わず握り拳を作ってしまうジュリアスであった。その時、控えめな鐘の音が鳴った。6時の知らせである。 「さて、もう閉店であったな。ご馳走になった……」
ジュリアスは傍らに置いてあった本を手に取った。
(いよいよ、この時が来たな。これを……)
栞代わりにその本に、挟んであったのは、例の幼きチャーリーから、あの日貰った名刺である。
(さぞ、驚くであろうな……ふふふ)
「代金は……」
ジュリアスは名刺に手をかけながら言った。
「最初に来てくれはったお客さんは、サービスさせてもろてますーー」
チャーリーは、力いっぱいそう言うと、にっこりと笑った。
「何?」
ジュリアスの声がきつくなる。
「は、はぁ、一杯目は、タダにさせてもらってます。これからもご贔屓に〜って言う挨拶代わりに」
「そ、そうなのか……」
ジュリアスは、無言のまま、名刺を本の間に押し込むと、立ち上がった。
「また……寄らせてもらおう……」
「おおきにぃーーー」
チャーリーは、ジュリアスが見えなくなるまで、ずっと頭を下げて見送った。
(なんや? どうしたんや? タダやって言うたとたん、ジュリアス様の表情が変わったやないか……、もしかして、それって聖地では、メッチャ失礼なことなんか? いや、他の守護聖さんは、喜んでくれたはったし。ジュリアス様の家訓は、もしか、”タダほど怖いモンはない”とか……。ああっ、そうかも。ああいうハイソそうな家柄の人は、お家騒動とかあって、猜疑心が強いのかも知れんで……。どうしよ、俺そんな悪人やないで。コーヒー一杯で、ジュリアス様に、つけ込むよーなセコイ事はせぇへんて。また来てくれはるかなァ……う〜ん)
悩むチャーリーであった。二人の仲はこの時は、まだウンともスンとも……であった。
つづく |