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      ◆4  
       主星星営経済放送のガチガチのスーツ姿の解説員が読み上げる『辺境域の流通制度の揺らぎと経済動向について〜その歴史と主星経済界からの視線〜』のものすごい堅い内容の
      番組が、ジュリアスを和ませる。
 チラリと横目で見たチャーリーは、まだクッションを抱きしめたままでブツブツと呟いてはにやけていたが、突如として……。
 
      「ちゃう、そら、ちゃうやろ。辺境の通貨システムからして不安定要素が高いんやから、そこら辺りを地固めせんことには、いくら相互市場システムを整備しても同じことや。大体、第三次辺境クライシスかて、毎年のように辻褄合わせで、システムに再構築かけた結果の混乱が引き金になったんや
      し。そこらあたりを踏まえて説明しやんと、辺境の経済レベルが低いから変化に対応でけへんかったと言うことにした当時の主星系経済連の石頭連中の目線と一緒や……」と真顔で言った後、また
      クッションに顔を埋めて「ぐふふ……」と意味ありげに笑った。
 今、この男の頭の中はどのようになっているのだろう……とジュリアスが唖然として見ていると、顔を上げたチャーリーと視線が合った。
 
      「ジュリアス様、そこらあたりの辺境流通論関係の本やったら俺の部屋に沢山ありますよ。全部読むのはシンドイやろし……俺が大学の時に作ったレポートがあります。特A、貰ろたヤツで、ザッハトルテでさえ褒めてくれたから掻い摘んで頭に入れるには丁度エエかと。読みますか?」
 「あ……ああ」
 「そしたら……今から俺の部屋に取りに……一緒にイキましょおぉぉ〜」
 顔は真顔だが口調はマトモではない。ジュリアスが返事に窮していると、今度は、
 「あ、いやいや、俺が取ってきますぅ。そんでジュリアス様の部屋に持ってイキますわ。ちょっとお堅い内容やし、読みながら眠気がきてもエエようにベッドに入って待っててくださぁぁい〜」
 
 「チャーリー、寝所で読む本は軽いもの、と決めている。そのような内容のものならば書斎でじっくりと読ませて貰おう。そなたが書いたレポートというのなら尚のこと」
 チャーリーの下心見え見えの作戦に今更、引っ掛かるようなジュリアスではない。以前なら「またそなたは何かを考えているな!」とツッコミもしたのだが。その気がない時は、ニッコリと微笑み、受け流して答えるに限るのだ。するとやはりチャーリーはアッサリと降参し、自室へと行き、ファイルを持って戻ってきた。
 
 「このファイルの中に入ってます。後のポケットにデータチップも入ってますからモバイルでも読めますよ」
 「ありがとう」
 と、ファイルを受け取るジュリアス。
 “昼間の事が効いているのだな。今夜は引き際が良かった……”
 と思いながら、何気なくファイルを開く。きっちりとした美しいレイアウトの目次が添えてある。目次自体が年表のように構成されていて、それにザッと目を通しただけでも、辺境星域に於ける経済流通の歴史がジュリアスにも判る。
 「ほう……時系列になっているのだな、有り難い。私のような者にとってはそれが一番、把握しやすい」
 「そら、良かったです。主星を中心としてその近隣惑星をベースとする主星系経済界と、辺境域の惑星連合の経済界との間には深い溝がまだまだあるわけですが、過去に起きた衝突を順番に検証していくと背後に見えてくるものがありますから」
 
 さっきまで、ぐふぐふとよからぬ想像に身悶えていた顔付きとは打って変わったキリリとした表情でチャーリーは言った。
 「……で、時にジュリアス様」
 「ん?」
 「その良く出来たレポートに免じて、ご褒美とか貰えたりしません?」
 チャーリーの引き締まった顔が崩れていく。
 「褒美………」
 やはりそうきたか……とジュリアスは思う。
 「転んでもダダで起きたらアカン……家訓やし」
 「どの……ような褒美が欲しいのだ?」
 褒美の内容が房事であろうことはジュリアスにも判る。というか、もうチャーリーの表情からダダ漏れなのである。
 
 “キター!!!━━(゚∀゚)━━ ジュリアス様の判ってるクセに、あえて言わそうというその高飛車というか、アコギというか…そこがまたたまらん〜”
 
 「そんなん……言わせますか? 俺のバツバツバツバツをバツバツして、ジュリアス様のバツバツバツバツをバツバツするご褒美が欲しいんですよ」
 バツバツバツ……の所は指を交差させてリズム良く言った後、前髪を掻き上げたセクシーポーズで決めてチャーリーは答える。
 「いちいちまわりくどい言い方だな」
 とジュリアスは笑う。
 「えーっ、そしたら直球で言うてもエエんですか−。いや、それはハズカシすぎる……あ、もしか、ジュリアスったらそれをお望みでっ。ほんだら、言いますよ〜。俺のチ……うぐぐぐ」
 信じられない……という顔をしてジュリアスはチャーリーの顔面にクッションを押しつけた。
 「ヒドイなあ。言えと言うから素直に言おうとしたのに〜」
 クッションをどけて口元をさするチャーリー。
 「そなたは……ツンデレというのがツボだというから、それを褒美にしよう」
 「え?」
 「私はそなたの書いた見事なレポートを読みたいので、今から書斎にこもる。ではチャーリー、おやすみ」
 立ち上がって去っていこうとするジュリアスの背中に叫ぶチャーリー。
 「いやいやいやいや〜、待ってぇな〜。それやと、ツンデレのツンのトコしかありませんよ? デレのトコもないと、ツンデレとは違いますよ!」
 「それは……そなたの心の中で……」
 ジュリアスはそう言いながらリビングから続きの自室へと向かう。
 「ナニ、どっかのゲームのオチみたいなヌルイこと言うてはるのっ。子どもの使いやあらへんで……とはこの事や〜」
 ジュリアスの背中にチャーリーは叫ぶが、彼の手は既に自室の扉のノブに掛かっている。
 「では……デレの部分は週末にでも」
 ジュリアスは振り返って、爽やかにほほえむと自室のドアを開け、パタンと閉じた。
 「あ……あ〜あ〜ぁぁぁ……また週末までお預け……」
 しばしガクッ……と項垂れるチャーリー。
 ……
 ……
 “ジュリアス様のアホ、マヌケ〜。ジュリアス様なんかツンデレと違うわッ……ツンツン男や〜
      、ホンマもんのツンドラ男や〜〜”
 顔を上げてジュリアスの部屋の扉を睨み付けるチャーリー。
 その時、扉が僅かに開き、ジュリアスの低く甘い声がした。
 
 「チャーリー、用意を整えて、十分以内に来なさい」
 
      
 おしまい
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