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      ◆2 
       チャーリーが、幾つかの書類にサインを済ませるタイミングを計らって、ジュリアスが声を掛ける。「チャーリー、この後は、翻訳部、人事部の部長との面談だ」
 「二人の面談は、ええっと……どこの会議室でしたか?」
 「三十階の第七小会議室で。そろそろ約束の時間だ」
 「はい、そしたら行ってきますわ……」
 「私も翻訳部に用があるので途中まで一緒に行こう」
 
 二人は社長室を出て、エレベーターに乗る。
 「翻訳部と人事部長との面談か……。絶対、あの二人、ジュリアス様の人事の事で俺に何か言うに決まってる……」
 チャーリーは、少ししょんぼりとして言った。その横顔にジュリアスは、「トップが決定した人事ならば従わねばと思うが、許されることならもう少しの間は、そなたの秘書として働きたい。随分慣れた……と言っても私はまだまだ主星の文化や習慣で戸惑うことが多いのだ」と
      本音を言った。
 「俺の秘書をまだ……やってくれはるんですか?」
 「……できれば」
 「なんや〜もぉ〜、それやったら、さっきそう言うとくれはったらエエのに〜。俺、てっきりジュリアス様が他の部署への転部に乗り気なんやと」
 「人事の決定権はそなたにあるのだから、私が即答するのは、どうかと。それと……」
 「む? それと?」
 「少し、まあ……そなたがいつも言うところの……イケズとやらをしてみたくなった」
 「い……けず……って!! あのね、ジュリアス様、イケズなら改めてしやんでも、いつでもしてるやないですかっ、俺にっ」
 「なにっ、いつでも、だと? そのような覚えはない」
 「昨夜かて、俺がその気になってジュリアス様にそれとなく目配せしてたら、ニコッと微笑みはるから、てっきりOKかと思ってたら違ごたし。
      オレのナニはすっかりその気になってスタンバってたのに〜。この前の……ナニの時かて、俺がもうアカン、堪忍や〜と言うてるのに、耳元でッ、その声でッ、『まだ、ならぬ』って言はわるもんやから、よけいイッてしもたやないですかッ。腰の動きよか先に声でいかされたオレ! そーゆーのをイケズと言わずして何をイケズと言わんや!」
 「そなたはまたそういう事を社内で口走る! よいか、チャーリー。先ほども言ったが、仕事中に性的なものを感じさせる行動はもちろんの事、発言も控えて貰おう」
 「はい、判りましたよっ」
 そして、口をへの字にしたチャーリーは、「ホンマ、ジュリアス様ってツンデレ男なんやから……」とごく小さな声で呟いた。
 「なんだと?」
 「いいえ、別に何でもないですぅ。判りました。もう二度と仕事中はえっちぃな事は言いません」
 チャーリーがそう言った時、エレベーターは目的の階に到着し、「ほな、ジュリアス様〜、また、あとでー」と手を振りつつ、彼は降りた。
 
 「ツンデレ」などという時事流行語を、知る由もないジュリアスである。
 
 “今、チャーリーは私を何と言った? ……ツン何とか男……と聞こえたが……”
 彼の中で「ツン??男」……という言葉がモヤモヤと広がって行き、ある所で、ジュリアスは「ハッ」とその言葉に気づいた。
 
 “そうか……そういうことであったか……それならば意味が通る。しかし……。この件に関しては改めて話し合う余地がある……”
 
 ジュリアスの眉間にギュッと皺が寄った。
 
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