外伝8

  チャーリーは目を見開いたまま、思考が定まらぬ様子で沈黙している。
「聖地は新しい光の守護聖を迎え、今、引き継ぎが行われている。私自身は新たな世界で生きるための準備をしている所だ。聖地を完全に離れたなら、一旦は主星に降りることになろうが……そなたに会うつもりは無かった。永久に……と言って別れた以上、けじめというものがあろう。だが……オリヴィエが……私を大馬鹿者だと」

“そこまで人の心が判らないヤツだと思わなかったよ。アンタのいうケジメって何なんだい? 何年も経ってるならともかく、このタイミングでチャーリーに会いに行ってやらないなんてアンタ大馬鹿者だよ!”

「そして、聖地を去る前にもう一度だけ会いに行けと言ったのだ。それで今度こそ、お互いもう二度と会わないと決めたならそれでいい。友人として時々は会うというのならもっといいだろう……。また別の選択肢があるのなら……心から祝福する……と」
「お……オリヴィエ様は俺と……ジュリアス様の仲を……知ってはったんですか?」
「オリヴィエは勘が良い。私たちの仲に深い所があると察していたようだ。……もっとも……それがはっきりと判ったのは、そなたが聖地を去ってからだと。私の表情を見て感じたのだと」
「え?」
「普通にしていたつもりなのだがな……。随分、つまらなそうな顔をしていた……と」

“グッジョブ、オリヴィエ様ッ。もう俺、夢の館に足を向けては寝られませんッ……って、夢の館ってどっちの方角なん? やっぱ上? そしたら俺、もう二度と自転車こぎ運動せぇへんわ!”
 とチャーリーは心の中で叫んだ。そうしたことによってやっとチャーリーの口から言葉が出た。
「ジュリアス様……ありがとぅ」
 まるで有り難いものを見たお年寄りのように彼はジュリアスに向かって手を合わせて言った。
「チャーリー、私は、またそなたの淹れてくるコーヒーが飲みたいと思う。そして、たわいもない話をして笑いたい。そなたはどうだろうか?」
「俺もです。もしそう出来たら、どんなに嬉しいことやろ……」
 チャーリーがそう返事をいるとジュリアスはゆっくりと立ち上がった。
「聖地との時は同期を掛けられたままなので、あまり長居はできぬのだ。次代の光の守護聖はまだ幼いのでな。教えてやらねばならぬことが多い」
「あの……いつ、こちらに来られるんです?」
「恐らくは後、一月後くらいには」
「待ってます。こちらに来られたら、ホテルなんかやのうて、どうか俺の館に滞在してください。俺の館には客室もあるし、迷惑と違うんですよ。お願いですから。ジュリアス様のためだけでなく。積もる話を吐き出さんことには辛すぎるんですっ。俺を……俺を助けると思って!」
 チャーリーはなりふり構わずジュリアスの足にしがみついて懇願した。
「承諾しなければその手を離して貰えなさそうだな」
 ジュリアスは笑う。その声にチャーリーは照れながら手を離して、やっと立ち上がった。
「そやかて……。でもホンマですよ。本当にそうしてください」
「わかった。とりあえずは世話になることにしよう」
 ニコーっと笑顔を見せた後、チャーリーはふいに真顔になった。
「オリヴィエ様が言わはる所の……別の選択肢が俺としては一押しのオススメです。その……つまり……お茶だけはなくて……その……たまには……。男の俺が、伏し目がちに顔を赤らめて、こんなこと言うてもぜんぜん何も感じるモンは無いとは思うんですけども……俺は……俺はですねぇっ。もうジュリアス様が好きで好きでたまらんのです!」
 と最後の所だけは顔を挙げてキッパリと言ったチャーリー。

「そなたは偉いな。いつも言わねばならぬことは自分からはっきりと言う。私とは大違いだ」
 ジュリアスが神妙な顔をしてそう言った真意が判らず、チャーリーは目をパチパチとさせて「え?」と言った後、ジュリアスの言葉の続きを待った。
「特定の誰かと共にありたいと思う心は恋……だとは限らないだろうが……、私は……。……私もそなたが好きだ」
 チャーリーはコクッと頷いた。ジュリアスが自分を好いていてくれている……のは判ってはいる。肌まで合わせたのだから。だが、それは甘く切ない初めての情事……というよりも、チェスで一戦手合わせ願ったようなノリがあったようにも思える。だからこそ、ただ好きという所から後もう一歩踏み込んだ言葉が欲しいと思うチャーリーだった。

“アカン……欲張りすぎやで、俺。これからもジュリアス様に会える……それでエエやろ。結局、ジュリアス様みたいなお人には、どっかの大貴族や王族のお姫様みたいな人が相応しいんや……俺は……友達でエエやんか……なあ、チャーリー”
 
「ジュリアス様と俺とが本当のパートナーになれたらこんな嬉しいことはないけど……やっぱり今後は友情だけに留めておきたいとお思いなら、それでも俺はエエんです。また会えただけで、時々これからも会えるだけで……それでもシアワセやし」
 笑顔、笑顔、笑顔……と自分に言い聞かせつつ、そう言うとチャーリーは立ち上がる。大好きなジュリアスを困らせるようなことだけはしたくない。今はまだジュリアスは光の守護聖なのだ。何があっても自分にウォングループを背負う責任があるように、ジュリアスにはまだ成さねばならないことがある。


「俺、ジュリアス様が消えるトコ、見たくないですから、ちょっと間、隣の部屋に行ってますね。その間に聖地に戻ってて下さい。……一ヶ月後、待ってますからね」
「ああ、必ず」
「じゃ……隣の部屋に行きます。しばしの間、さようなら……です」
 聖地から去ったような無理した作り笑顔ではなく、心から微笑んだチャーリーは、ペコンと頭を下げて隣室へと移動した。
「1、2、3……」
 チャーリーはドアに凭れて、数を数えた。自分が聖地に転移した時は、シグナルを発した後、7か8くらい数えた所でもう移動が完了していた。
「もう帰らはったかな……」
 チャーリーは深呼吸して、ソッと扉を開ける。そこには誰もいない。
「いてはらへん……」
 さっきまでジュリアスが立っていた所まで歩き、チャーリーはクンクンと鼻を馴らす。
「微かにジュリアス様の香りでも残ってへんかと思たけど……転移装置は匂いまで持って行ったみたいや……」
 急に脱力感に見舞われ、チャーリーはソファに座り込む。テーブルの上には、少し前に淹れたコーヒーがまだ半分近く残ったままで、まだほんのりと暖かい。 
「ハァ……携帯電話とか通じたらエエのに。「いや、そらまあ、聖地にいてはるんやし、圏外やろけどな〜」
 そう言った後、チャーリーは、「へへへへへへへへへへへへへ」と、第三者が聞いていたら完全にアブナイ笑い方をした。

“ほんの半時間前までの、どしゃぶりな気分が一掃され、美しい虹の架かったようなこの心の中! 自分でも驚くわ!  ジュリアス様に俺の館に来て貰うとなると客室は沢山あるけど……そや、いっそ別館を全リフォームや! そこらのホテルなんか足元にも及ばんくらい居心地のエエお部屋に! 帰ったらさっそく執事に手配させよ……。それから、さっきは嬉しさのあまり友達でエエから……なんて思ぉたけど、どうやってジュリアス様を完全に俺のパートナーとして落とすか、この一ヶ月で考えんと……まず、痩せてやつれたこのルックスをなんとかしなアカン……とりあえずエステの予約やな、……それから……知性と教養……最近、気力も萎えて本もロクに読んでへんかったしな。ジュリアス様にとっては主星の政治、経済動向なんかは最も気になる所やろし、まだまだ疎いところでもあるやろ……それを俺がスマートにサポートして頼り甲斐も結構あるで思もわせるぅ……と。それから……ソッチ方面のテクを磨いてカラダの相性バッチリ……男同士のナニに関しては俺もまだまだ疎いからな……そやけど、そこに至るまでをどうするかが問題なワケやし……ともあれ今晩からムフフDVDでも見てみよ……忙しなるでぇ〜俺ッ”

 今までの息すらするのもシンドイような面持ちだったチャーリーは、目をランランと輝かせてスケジュール帳を開く……。

 一ヶ月後、準備万端整えたチャーリーだが、ジュリアスを、彼の元に引き留めたのは、居心地のよい部屋でも、世情への深い知識でも、美貌でも、ましてやナニのテクニックでもなく、ただひとえに、彼のお笑いのセンスに惹かれて……のことだったのだが……。
 

おわり

あとがき


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