「特別賞はどうなったんや?」
チャーリーが回りを見渡すと、むっとした顔のクリスティーヌと、キョロキョロしているレイモンドが見えた。とりあえずこの二人の手には渡らなかったらしいと判断したチャーリーはホッとする。
「特別賞をゲットされた方、壇上にお上がりくださーーーい」
と進行役が叫ぶ。
「誰が……?」
「誰なの?」
ザワザワと騒がしくなる社員たちの合間を縫って、一人の手が上がった。
「あたしーーーー、あたしですーー」
チャーリーが思わず声のする方を振り向いたそこには、食堂のおばちゃんがいた。
通称、食堂のおばちゃん……本名オンディーヌは、ウォン・セントラルカンパニー勤続三十五年、レッキとした福利厚生部第二課・課長の肩書きを持つ社員である。
オンディーヌはよっこいしょ……と壇上に上がる。服装はいつものカッポウギと三角巾ではなく、私服なのでいまいち誰がわからない。一張羅と見える黒いニットスーツにモコモコしたブーツ、ヒョウ柄のスカーフという中途半端なマダムっぽいいでたちである。
「そなたが見つけてくれたのか?」
ジュリアスは微笑みながらピンクのカードを受け取る。こっくりと少女のようにうなづくオンディーヌ五十八歳。若干、小太り。
ジュリアスとはオバチャンならではの果敢なアタックで、社内に於いては、ジュリアス、オンディーヌと呼び合う懇意な仲である。
「あたし、先代にはよくお世話になってて。だから、先代の写真の前を通る時はいつも頭を下げるんです。今も探しがてら頭を下げ、何気なく見上げるとそこにこのカードが……でも背が届かなくて苦労しました
。掃除道具のモップが近くにあって良かった」
オンディーヌは、チャーリーに向かってそう言った。
「そ、そうか……い、いつも親父の写真に頭を下げてくれるなんてありがとぅ。た、高いトコに隠してゴメンな」
“頭まで下げてる写真に、モップを向けたんかぃ……”
チャーリーは引き攣った笑顔を見せた。
「なんとっ、特別賞は、食堂の……おばさん……、ええーっと……」
進行役は、顔はよく知っているが名前を知らないらしい。
「では、賞品のキスを……」
可哀想に……と思いつつ、ジュリアスを促す進行役。だが、当のジュリアスは、嬉しそうな微笑みさえ浮かべて、オンディーヌに近づく。
歓声の中に、悲鳴に似たキイロい声。そんな声をもろともせず、ジュリアスはオンディーヌに近づく。
「どこにすれば良いだろう?」
と囁いた。
「あ、……い、いや、もう、ど、どこでも……」
恥じらいつつオンディーヌは、そう言う。ジュリアスは考えた。跪き、手の甲にするは、忠誠を誓う陛下のみ。頬や額へのキスは、挨拶代わりでもあるし、年下の幼い者にするようで、自分よりも年上の、しかも一応課長という役職を持つ彼女には無礼にあたるのではあるまいか……と。
「もう、いっそ唇に……なんてね、あははは。人生ここにきてもう一花、咲くとはねぇ〜」
と先ほどまでの恥じらいから一転、厚かましさ満開で、照れ笑いしつつオンディーヌが言った。
「うむ……」とジュリアスが頷いたのと、「ええっ」とオンディーヌが、たじろいだのは同時だった。ジュリアスは身を屈め、オンディーヌに口づけをした。軽く……ほんの一瞬ではあるのだが。
シン……と一瞬、静まりかえったホールは、引き潮から一気に大津波が押し寄せるが如く大歓声。そして一斉に「あっ」と声が上がる。オンディーヌの腰が砕けたのだ。ジュリアスから唇か離れたとたん、グラリ……とオンディーヌの体が揺れた。ジュリアスが慌てて叫ぶ、美しい声で……生まれつきそういう声なので仕方がないのだが。
「オンディーヌッ!」
ジュリアスはとっさに彼女の腰に手を回し、しっかりと支えた。そこだけ見れば、まるで映画のワンシーンのようである。
その時、ホールにいた98%くらいの人間が、初めて食堂のおばちゃんの名前を知った。
壇上の上で、腰を支えられるようにして抱かれたままオンディーヌは固まり、もはや自力では立っていられない様子。ジュリアスは仕方なく、彼女をお姫様抱っこして幕間に消えた。
「う。だ、だめだ……一瞬、食堂のおばちゃんがどっかのお姫様に見えた……」
すぐ近くにいたブレーンの一人が額の汗を拭う。ジュリアスふぁんの女性社員たちは、キイロを通り超して、もはや形容できない声をあげ、その他大勢の者たちは、ヤンヤヤンヤと囃し立てる。クリスティーヌとレイモンドは、それは自分の役所のハズ……と悔し涙。もはや阿鼻叫喚の盛り上がりの中で、忘年会は終わったのだった……。
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