ジュリアスは落胆し、元の椅子に座り込んだ。膝の上で組んだ指先が冷たい。目を固く閉じたまま、ただ祈った。チャーリーの無事を……。
それからまた時間が過ぎた。午前4時48分32秒……。時刻の表示だけが確実に進んでいく。夜も昼も無い宇宙空間にポツンと存在するステーションの一日は、人の時間の感覚を狂わせ、この状況下も手伝ってジュリアスは、纏まった睡眠と食事を一切取っていない。俯いたまま目を閉じても、それ以上、眠ることもできず、かといって立ち上がる気力も失せたままに時が過ぎていく。やがて時刻に連動させた照明システムが、朝の光に似た灯りをひとつづつ放ち始め、その造られた明るさの中、ようやくジュリアスは顔をあげた。と、同時に小さな電子音に鳴り、ゆるゆるとジュリアスは席を立つ。新たに回収されたカプセルがまた表示されたのだった。
幾つかの数字の羅列の後、そこに、ひっそりと……ジュリアスの待つ名前があった。
POD-S-200015077801---NAME:C.WON
小さな小さなガッツポーズが思わず出る。ジュリアスはまだ残されている者たちを気遣い、そっと控えの間を出て指示された奥の事務室へと移った。早朝のことで係の者は少ない。
「たった今、番号の出たチャーリー・ウォンの会社……いえ……身内の者です」
IDカードを差し出し確認を取ると、担当者はモニターに向かって幾つかのコマンドを打ち込んだ。
「カプセルは既にこちらに運搬中のようですね、生体反応もあるようです。良かったですね。最下層部に医療エリアに行ける通行証をお渡ししますので、そちらの控え室で待機して下さい。医師から説明があります」
通行証を受け取ったジュリアスは、部屋を出た後、エレベーターに乗り、最下層部へと向う。広いロビーがありジュリアスは、その片隅に座ると、カプセルが回収された事を社のブレインたちとザッハトルテに向けてメールを送った。
「カプセル回収後の注意事項についてのご説明がまだの方はいらっしゃいますか?」
白衣の男性がロビーにいる数名の者たちに声を掛ける。ジュリアスを含め、他5名ほどの者が手を挙げた。いずれも少し前まで同じように控え室にいた者たちだ。それと会社関係者ではなく家族の者であろう年配の女性がひとり。
「では、こちらに集まって座っていただけますか? 私はこの医療チームの担当医師の一人です。こちらに向かっているカプセルも私が担当することになります」
呼びかけに応じ、ジュリアスたちがドクターの近くのソファに座る。
「では……。救命カプセルは、今、サルベージ船に積まれこちらに向かっています。その道中、ゆっくりと蘇生作業が進んでいます」
ドクターは大袈裟な身振りで説明をし始める。
「蘇生? あの……かなり深刻な状況なんですか?」
ジュリアスの後から年配の女性が声をかけた。
「ああ、いいえ、言葉が悪かったですね。申し訳ない。座席シートが救命カプセルに変形した直後、中の人は麻酔によって強制的に眠りに付きます。とても狭いカプセルの中ですからね、閉所恐怖症でなくても長時間は耐えられません。意識を手放した方が楽です。その後、カプセル内の状態は生命を維持するのにギリギリの状態にまで変わります。コールドスリープに近い状態になると思って下さい。限りなく半死に近いその状態から意識を戻す……、そういう意味で蘇生と言いました」
質問者のホッとしたような声を確認した後、ドクターはさらに話を続ける。
「ですが緊急事態で強制的になされた事ですから、心身ともに相当なダメージを受けた……と考えてください。通常……一週間ほどでほぼ元と同じ身体レベルに戻りますが、元々の体力や精神的なことも左右し、長期間の入院を要する場合もあります。ここらあたりは、個人差がありますので、また個別にお話しましょう。皆さんはこれから意識を取り戻した被害者の方と接触されることになりますが、その場合、守っていただきたい注意事項を説明します……」
ゆっくり、はっきりとした口調で説明は続く。意識が戻ったからと言って矢継ぎ早に話しかけない、仕事の話しはしない……、思考が混乱している事が多いからその場合でも大袈裟に騒がない……どれも相手を思えば当たり前の事ばかりだったが、ジュリアスは真剣に頷きながらそれを聞く。話し終えた後、ドクターはチラリと腕時計を見た。
「サルベージ船が到着し、患者さんと逢えるようになるまでまだ5時間ほどもありますし、ぜひお休み下さい。そうしないと皆さんが倒れてしまいますよ。突き当たりに仮眠室がありますから。では、また後ほど」
話しを聞いていた者たちの間に安堵の表情が現れ、誰からともなく仮眠室へと向かう。ジュリアスもまた一番最後からそこへ入った。ズラリと並べられた壁際のベッドは既に満員で通路から一段高くなった床の上に何人もの男たちが転がって寝ている。ジュリアスと同じくして入ってきた男は、何ら臆することなく、さっさと靴を脱いで上がると棚から毛布を取ってゴロリと横になった。ジュリアスはどうしたものか……と思いつつも一応、靴を脱ぎ上がる。棚の毛布は、クリーニングされており清潔そうではある。手にとると思いの外、ふわふわとして手触りが良い。そういえばもう何日も纏まった睡眠など取っていない……と思うと、急にジュリアスは体にだるさを感じ、広げた毛布でマントのように身を包むと、窓辺の空いているスペースにおずおずと体を横たえた。床に転がって眠ることも、近くで寝ている男の鼾も、気にはならなかった。数時間後には生きているチャーリーに逢える……そう思うと自然と心が体が和らぎ、ジュリアスはすぐに眠りへと落ちていった。
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